[index] シナリオとセッション

 シナリオとセッションの関係性について。
 当たり前すぎ、今更すぎなのかもしらんのだけど、ちゃんと整理してみたかったので。
 まあ、「シナリオの定型化」なんて僕は好かんのですが、フィルタリング/ハンドアウトのときと同じで道理を辿ると筋は通っているという。こういうのも、分かった上で拒否するのと、分からんで拒否するのでは、まあ色々と違うんじゃないかと思うし。

[column] シナリオとセッション#4

 やっと本題。
 シナリオとセッションの典型的な関係と、それによって硬化してしまった課題の復習、そして価値観の破壊による可能性について。

要約

 今回のエントリを要約すると、以下の三点になります。

  • シナリオの定型化は、セッションの条件から考えると当然の結論。
  • セッションの制限から開放することで、ゲームを遊ぶコストを下げることが出来る。
  • 従来の制限みんなぶち壊すことで、新しいシステムデザインの可能性が見えてくる。

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[column] シナリオとセッション#3

 やっと本題に……は、まだ届かない(汗)
 前からどっかで書きたいなぁと思ってたのが、ネタ的にも丁度いいかとか思ったんで、やや脱線気味ですが書いてしまおうかと思います。かなり単純化してるし、茶の湯についてはそもそもが耳学問なもんで、いつも以上に暴論になっちゃってるかもですが。
 セッション/会/集まりを貴重なものとする文化のひとつ、茶の湯とセッションの類似性……とか、そんな話。

要約

 今回のエントリを要約すると、以下のニ点になります。

  • セッションは貴重であるが故に、一期一会の完成度が求められる
  • TRPG のシナリオデザインは、「テーマ」と「セッション環境」という二つの制限を持つ

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