一
人間にとっての時の流れは、私たちのそれと、大きな隔たりがある。
育ちゆく者。変化する者。老いゆく者。
彼らは時間の積み重なりを、その身に刻んでいる。
けれど私たちの体には、そうしたものは刻まれない。
ただ在るようにして在るだけだ。
羨ましい。
そう、思う。
人々の中に在って、その暮らしを見つめ続ける私も、姿を少しずつ変えることはある。
そうしなければ、疑われてしまうから。
だがそれは流行の服に着替えるようなもので、降り積もる時間ではない。
足元を往来する人々が、ひどく羨ましくなった。
「お待たせ」
「遅いよ」
私の足元で、恋人たちの短い会話。
そこに込められている、たくさんの時間。
寒空の下、男は女を待っていた。
信号を見、横断歩道を見、駅の入口を見、腕時計を見、私を見、革鞄の中を見、また信号を見。
ほとんど同じ動作を、男はただ繰り返していた。
寒さにふるえる体を温めるため、小さく足踏みをしながら。
そうして一時間二九分三九秒を過ごし、仝四〇秒目に駅から出てくる彼女を見つけた。
信号は十二秒間、彼らの間に立ちふさがり、十三秒目に頬笑んだ。
焦りの色をおし隠し、けれど喜びの色は満面に、一時間三〇分ちょうどに彼らは抱き合う。
「お待たせ」
「遅いよ」
そちらだけはポケットに入れていた左手で、彼女の右手を握った。
どちらともなく歩き出す、楽しげな後ろ姿。