[column] 貴重な体験#1

 TRPG を通じた貴重な体験談というのも、まあ二十数年もやってりゃ有るモノでして。
 その中から記憶に強く残ってるものを書き残しておこうかってシリーズになります。
 第一回は、全盲の方と TRPG セッションを遊んだ時の話。

はじめに

 僕が TRPG を遊んでた環境は、学校の同級生だったり先輩のサークルだったりで、基本的には晴眼者*1[晴眼者] = 視覚障害者の対義語で、視覚障害を持たない者のこと。 のコミュニティでした。それが入院中、友人やら同年代の入院患者さんやらと TRPG やって遊んでた折に、「言葉のやりとりで遊べる」という話に興味を持ったドクターに「全盲の子でも遊べるか?」と聞かれて、「大丈夫だと思いますよ」と答えたのがそもそもの始まり。
 ところが実際に遊ぶための準備を進めていくうちに、さまざまな課題が見えてきました。そもそも TRPG のルールブックって墨字*2[墨字] = 点字の対義語。ひらがな、カタカナ、漢字など筆記文字の総称。 なわけで、それを読むことが出来ない時点で相当、TRPG っていうのは全盲の方にはハードルが高い遊びなのかな、とか。

 実際に遊んだのは随分と前の話であり、内容についてお問い合わせいただいても回答できないことも多いと思いますが、当時のノートに残っていた記録のまとめと感想について、ここに残しておこうかと思います。

全盲の方とのセッション:準備編

 下準備は、いろいろとやる必要があります。

下準備(1):ルールの選定

 視覚に頼ったルールブックという書籍は、そのままじゃ当然、使い物になりません。かといって口頭で伝えるだけっていうのも、フェアプレー精神からすると弱い。相互の信頼関係を保持するためにも、互いに読むことが出来る成文化されたルールっていうのは必要です。

 また、介添してたご家族の話だと、「読む」ということに求められるエネルギーにも違いが有るそうなんで、ルールブックにせよキャラクターシートにせよ、なるべく簡潔に要約したもの、できるものが求められました。(これは個人差の大きな話だと思いますが)

 で、選んだのは『ルナ・ヴァルガーRPG』。あれのコア部分だけを抽出しました。*3[ルナ・ヴァルガーRPGのコア] = 「体・技・心」の能力値、個性化キーワード、ヒロインポイントの三要素。実は『箱庭世界Kit』のコアデザインも、コレをベースにした。
 日本語として連想しやすい「心・技・体」という能力値名や、シンプルな判定ルールなど、必要とするテキストの量が少なくて好都合だったんですね。それにシンプルな分、オプションルールの拡張性も高いんで、運用次第で「作りながら遊ぶ/遊びながら作る」面白さも十分、補完出来ます。

 たぶん『ファイティング・ファンタジー』あたりでも同じように運用出来るかと思います。

下準備(2):ルールブックとキャラクターシートの点訳。点字と墨字の併記

 ルールブックとキャラクターシートの点訳。
 従来のものはルールブックと同様の問題があるんで、点字補助を付ける必要があります。メモ書きを見ると、110K *4[110K] = [K]は紙の厚さの指標値で、全判用紙1000枚のときの重さを表す。基本的には数量が大きい方が厚い。ただし当然ながら材質によっても異なるし、湿度によっても厚みは変わる。 の、パステルグリーンの点字用紙にプリントして、後から点字を手打ちでポチポチやったんですね。これがなかなかに疲れる作業で「量産ムリ」と書いてます(笑)*5[量産ムリ] = 後で90Kくらいのでも大丈夫って話があって「俺の労力返せ」とも。でもたぶんこれ、紙の材質の問題なんですよね。

 なお、点字と墨字を併記したのは、大きく分けて二つの理由があります。
 どちらもアクセシビリティの問題なんですが、ひとつは信頼関係に大きく影響します。

■アクセシビリティと信頼関係

 あるルールに則って遊ぶとき、常時アクセスできる成文化されたルールが無いと、たとえば口頭で説明しただけでは実際の運用時に「言った/言わない」の水掛け論になったりします。また、そうした成文化されたルールといっても、読めなければ意味がありません。「読めない言語で書かれた契約書」ほど信用出来ないものはなく、また「読めない契約書を突き出して契約を迫る人物」ほど信頼の置けないものもないでしょう。
 晴眼者同士であっても、たとえば海外の英語版ルールをそのまま使っている場合、英語が読めないプレイヤーは、読めるプレイヤーに唯々諾々と従うしか有りません。彼が自分に都合のいいように誤訳していたとしても、英語が読めないプレイヤーにはその成否について確認のしようが無いのです。
 ゲームを楽しく遊ぶためには、信頼関係の構築は必要なものですし、そのためにはゲームのルールへのアクセシビリティを保持することは必須条件になると考えています。

 それからもうひとつの理由が、実用性になります。

■アクセシビリティと実用性

 それから、これは実際にカンファレンスを行った時に気付いたことだったんですが。
 簡単なルールの説明をするとき、最初に持っていったのは点訳したルールブックだけでした。ところがこれだと非常にやりとりが難しかった。焦らずゆっくり話を進めていたんですが、相手にしてもセクションナンバーから説明されて、いちいちそれを探して読む、という作業はけっこう大変だったようで。
 そこで点字ルールブックに簡単な書き込みをさせてもらったら、お互いの応答速度が一気に上がったんですね。

 点字だけの場合、その人がどの文章を読んでいるのか、言葉にしてもらわないと把握出来ません。逆に併記してあれば、横から覗き込めばどの部分を読んでいるのかが分かります。
 こうしたストレスの差って、結構違うもんなんですよ。お互いに遠慮しちゃって待ちの姿勢になっちゃったり、それによって実は無駄な労力を費やしていることに気付かなかったり、そうすると更に遠慮しちゃって……といった負のスパイラルに陥りやすくなります。また、相手から「どこを読めばいいのか?」と訪ねられたとき、墨字で併記してあれば、僕の方から「このあたり」とガイドするのも簡単なわけで。

 点字は分かち書きなどの都合で、墨字とまったく同じ分量で書くことは出来ません。しかしそれでも、どのセンテンスを読めばいいのか、読んでいるのか等が分かれば、応対速度が向上するし、ストレスも軽減されるわけです。

カンファレンス/観戦の実施

 余談になりますが、このセッションを行うときに、保護者の方に「TRPGってどんな遊び」ってのを説明する必要もありました。実際には TRPG の内容よりも、「僕がどういう人間か」ということの方が関心事だったようですが。突然現れた若造が、自分の子どもになんか変なことを吹き込むんじゃないか? という心配は有って当然だと思いますし。
 そんなわけで、最初は説明をするとか、後は実際にセッションしてるところを見てもらうとか、そんなプロセスもありました。直接的な下準備では有りませんが、環境整備って意味では非常に重要な事だったろうと思います。

■リソースは小道具で

 後はリソース管理のためにゲーム用チップを用意。それからサイコロも通常のものは使いにくいので、ボランティアの学生さんに音の鳴る電子サイコロ(ランダムに値を出力して、出目の回数だけ音を鳴らす)を作ってもらって使用。
 これにてゲームマスター側の下準備はおしまい。

 あいや、シナリオ作るとかインスト作るとか、そういう普通の準備もやりましたよ勿論(笑)

全盲の方とのセッション:実施編

 こちらは準備編に比べて多分に個人差の大きな話になるかと思います。
 ですので全ての内容について「その人たちとのセッションではどう感じたか」という、個人的な感想であることを念頭に置いて読んでください。最終的には三名の方々と一緒にセッションする機会に恵まれましたが、その中でも個人差は大きかったので。

 実際のプレーでは、やはり身体性に関する事柄で難易度が高かったように思います。特に環境情報の説明について、当初はかなり四苦八苦しました。

■晴眼者の説明は視覚/光学情報に頼っている

 たとえば「前方の草むらが揺れた」なんてのがあっても、これが視覚によるものか聴覚によるものかで周辺環境は変わります。僕は光学情報のつもりで話していても、音響情報として認識されてたりすると、距離のイメージにもずいぶんと違いが出てしまうわけです。
 視覚であるなら 100メートルそこら向こうの草むらの揺らぎを見分けるのに必要な条件は、その場の明るさと視力になります。ところが 100メートル先の草が揺れる音を聞き取るのに必要な条件となると、その場の静かさと聴力に置き換えられるわけです。

 また、「走る」とか「急ぐ」とかいった行動についても認識のズレは有って。
 この辺は機動力による影響範囲の差とか、ちょっと物騒なことを考えながら適宜修正しました。

■失敗談と学んだこと(笑)

 実はこの辺の「認識のズレ」話って、健常者同士のセッションでも同じようなことが言えるんですが。ただ基準になる条件が、そのズレがちょっとだけ少ないから、お互いにすり合わせやすいだけなんだろうなと思います。
 そういう相対的な認識が上手く出来てなかったもんですから、当時はそういうズレに面食らって情報量を増やし、穴を埋めようとしたんですね。でもそれはそれで、相手への負荷が大きくなる一方ですから、テンポが悪くなっちゃって遊びにくくなっちゃった……なんて失敗もありました(苦笑)

 その辺が分かってきてからは、一回の情報量を増やすんじゃなく、言葉のキャッチボールの回数を増やすことで、互いの認識のズレを探って相手に合わせたり、確定してなかった情報を改変したり(『Aマホ』で言うところの前提変換)、そんなテクニックでスムーズに、豊かな描写が出来るようになっていったと思います。
 ゲームマスターをやってると、どうしても「教える/説明する」意識が強くなってしまいがちですが、むしろ「教えてもらう」ことを念頭に置いておいた方が、加速度的にテンポ良くセッションハンドリングが出来るようになります。

■大事なことなので二回言いました(笑)+

 そんなわけで、まあ当然といえば当然の話なんだけど、視覚に頼った表現は、情報の伝達率が極端に下がります。これは別の文化圏*6[別の文化圏] = 民族/国家/地域規模で無しに、もっとパーソナルな意味での のプレイヤーと遊ぶときに発生する共通の悩みだろうと思います。
 僕は特に、感覚器に依存する環境情報を多用するマスタリングをするんで、正直なところ、はじめてのゲームのゲームマスターとしては不適切だったんじゃないかと思わないでも無く。

 ただ、慣れてくると(既に書いた通り)お互い補助的に言葉を付け加えたり、質問したり、そういう気遣いがナチュラルに出来るようになって、どんどんスムーズに進むようになっていって。この辺は普段以上に「伝わってる」感覚が分かってくるんで、ゲームというよりコミュニケーションとして、面白かったし、楽しかったです。

 また、表現のパターンを心象表現メインに切り替えたら、随分と話が弾むようになって。
 お陰でかなり幻想的なセッションになったのは、印象的でした。

■後日談

 あと、後日その時のセッション結果を(リプレイにしたら予想以上に言葉が直線的だったので)ノベライズして、点訳ソフト*7[点訳ソフト] = メモ書きには「OPWB」とありました。 から点字プリンタで印刷してもらったら、えらいこと喜ばれたのは嬉しかった。
 流石に点訳ソフトや点字プリンタってのは値段が張るんで、個人で買って……というのは難しい。
 点字プリンタ安くても 30万くらいするって聞くしなぁ。

全盲の方とのセッション:感想

 いろいろと勉強になった経験でした。
 当時の資料の多くはスタジオの転居騒動で紛失した(たぶん捨てられちゃった)んですが、断片的ながら印象の強かった出来事は、まだ覚えてます。
 それでも時間が経ったせいか失念してたことも有って、今回、このエントリを書くにあたってノート読み返してたら、過去の自分にいろんなことを教えられたなー、とか(笑)

 特に事前の準備とか、実際のプレイとか、ひとつひとつで TRPG って遊びがどれだけ光学情報に依存してるか、ってこととか。流石「ペンシル&ペーパーRPG」*8[ペンシル&ペーパーRPG] = “Pencil & Paper” とか “Pen & Paper” とか、逆に “Paper & Pencil” とか、序列や細部についてはグダグダだったりする様子(笑) と言われるだけ有って、筆記用具が使えないだけで従来のメソッドでの運用がもう、ホントに難しくなるんですね。
 「テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム」と言うけど、分節としては「テーブル(ゲーム)/トーク(ゲーム)/ロールプレイングゲーム」くらいに分けて考えるのが、一番本質に近接できるのかもしれません。

 これは些か極端な例かもしれませんが、余裕をもって TRPG を遊べるようになったら、自分の使ってる技術がどの範囲まで通用するのか、あるいはどういう相手には通用しないのか、なんてことを考えてみるのもいいかと思います。

References

References
1 [晴眼者] = 視覚障害者の対義語で、視覚障害を持たない者のこと。
2 [墨字] = 点字の対義語。ひらがな、カタカナ、漢字など筆記文字の総称。
3 [ルナ・ヴァルガーRPGのコア] = 「体・技・心」の能力値、個性化キーワード、ヒロインポイントの三要素。実は『箱庭世界Kit』のコアデザインも、コレをベースにした。
4 [110K] = [K]は紙の厚さの指標値で、全判用紙1000枚のときの重さを表す。基本的には数量が大きい方が厚い。ただし当然ながら材質によっても異なるし、湿度によっても厚みは変わる。
5 [量産ムリ] = 後で90Kくらいのでも大丈夫って話があって「俺の労力返せ」とも。でもたぶんこれ、紙の材質の問題なんですよね。
6 [別の文化圏] = 民族/国家/地域規模で無しに、もっとパーソナルな意味での
7 [点訳ソフト] = メモ書きには「OPWB」とありました。
8 [ペンシル&ペーパーRPG] = “Pencil & Paper” とか “Pen & Paper” とか、逆に “Paper & Pencil” とか、序列や細部についてはグダグダだったりする様子(笑)