[chat] 20100425#1 – 碩学を求める名探偵の遊び

玄兎
「で、えー、お久しぶりです。どう、元気にやってた?」
オリハタさん(仮)
「旦那の方が大丈夫なの?」
玄兎
「大丈夫大丈夫。んでまあ今日せっかくだから、ちょっとこの辺について聞きたいんだけどさ」
オリハタさん(仮)
「勉強熱心」
玄兎
「なのかね? 趣味の話をプロに聞くって言うのもちょっと気が引けるんだけどさ(笑)」
オリハタさん(仮)
「(笑)旦那らしい」
玄兎
「ありがとう(笑)」
オリハタさん(仮)
「それで? どのあたり?」
玄兎
「最初にちょっと聞きたいんだけど、建築家って哲学とか言語学とか、やるの?」
オリハタさん(仮)
「職業建築家がみんなやってるわけじゃないと思うけど、建築批評には使われるし、近代建築について考えるときにもよく使われてるのよ。だからうちの大学ではすっごい読まされた」
玄兎
「まあ君んとこは人文の王者みたいなところだからなあ。建築家じゃなくて建築学者ってことか」
オリハタさん(仮)
「だからこの辺、パースの記号学とソシュールの言語学は、批評のための基盤みたいになってるのね。あれって科学だから」
玄兎
「人文科学だっけ、確か」
オリハタさん(仮)
「プロフェッサーは、言語学は人文科学の中で唯一のイグザクト・サイエンスって定義してたんだけど」
玄兎
「訳すと精密科学、かな。それはマスってことからなのかね」
オリハタさん(仮)
「物理学とか化学とか、マスマティカリーな感じ? それでその辺と建築と結び付けるんだと、メルロ・ポンティとかヴィオレ・ル・デュクとかも」
玄兎
「ヴィオレ・ル・デュクって、ゴシック建築の構造解釈した人だっけか」
オリハタさん(仮)
「そう、その人。でもなんでデュクだけ」
玄兎
「中世建築を調べてるときにぶつかって、ちょっと調べただけなんだけど」
オリハタさん(仮)
「それでヴォールトとかフライングバットレスとか知ってたんだ」
玄兎
「まあ、そんなとこ」
オリハタさん(仮)
「逆に聞きたいんだけど、TRPGやってる人ってみんなそんなこと調べるわけ?」
玄兎
「んなわけあるか(笑)。よっぽど好きな人は調べるかもだけど、ほぼ確実にそんなことやんねーよって言われる自信がある(笑)」
オリハタさん(仮)
「なにそのダメな自信(笑)。じゃあなんで旦那はやってたのよ」
玄兎
「前にあれだ、ボードゲームで勝つために戦史研究やったって話したのは、あれ君だっけ?」
オリハタさん(仮)
「その話は聞いたことある。再現率を調べるって話よね?」
玄兎
「そう、それ。先輩に勝ちたくて勉強した。それと同じで、TRPGで扱われるヨーロピアン・ファンタジーにしても、とにかく負けたくない一心で色々と調べたりしてたことがあって。地中海文明に興味を持った、たぶんそれがきっかけで」
オリハタさん(仮)
「どんだけ負けず嫌いなの(笑)」
玄兎
「子供のころはそんなもんでしょ。それにまあ、うちのサークルはディテールにこだわる人が多かったから」
オリハタさん(仮)
「ディテールを表現するために知識が必要だったってこと?」
玄兎
「そう。TRPGって遊びは言葉で、まあ小道具も使えるんだけど、とにかくそういうもので世界を表現するわけでしょう。たぶん建築批評なんかとモロにかみ合う話なんだけど、ここでいう世界っていうのは時空だったり物語だったりするわけ。それを語ろうとすると、技術もさることながら知識ってどうしても必要で」
オリハタさん(仮)
「知らないと遊べなかったってこと?」
玄兎
「いや、そんなことはないよ。ないんだけど、知ってた方が色々と楽しむ余地があったっていうのは、たぶんあると思う。昔、サークルで遊んでたときは建築様式で文化レベルを語ったり、気候がどうだから装備はこういうのでいこうとかは普通にやってて」
オリハタさん(仮)
「たとえばどんな風に」
玄兎
「ナイトプレート装備した騎士が砂漠を横断するミッションを持ちかけられたら、従者のキャラクターは通気性と柔軟性のいい革製部分鎧、切れ味重視のサーベル、冠頭衣・それに目的地が砂漠でないなら、横断した後のためにナイトプレートをはじめとする現在の装備を運ぶためのラクダを一頭。移動中に必要になる水と食料、さそり毒に効く解毒剤、夜の砂漠で過ごすためのテントと毛布。で、同行する人数とか日数によってはこの辺の必需品を運ぶためにラクダに引かせるソリを一台。それから場合によっては到着先で新しい馬を用意する予算と、最後にそのミッションで得られる栄光まで計算して、騎士にそれを薦めるか留めるかを判断する」
オリハタさん(仮)
「旦那、楽しそう(笑)」
玄兎
「(笑)楽しいよ、もちろん。それから建築で言うと、概観から工法とか技術レベルとかを鑑みたり、窓の位置やら入り口の形状やら周辺環境やらと組み合わせて目的を推測したり、内部構造を予想してターゲットの場所まで最短ルートを辿ったり、建材やら技法やらから破壊するときの効率的な方法を考えるとか、色々。都市計画なんかだと、都市の目的とか気候、地質、あと発展の歴史なんかから考えて、市場やら重要施設やらスラム街やらの配置を推測したりする」
オリハタさん(仮)
「なんでそこまで?」
玄兎
「だって地図なんてそうそう手に入らないんだから。経験がものを言う時代だし」
オリハタさん(仮)
「そこまで時代を合わせるんだ」
玄兎
「どうだろ? 合わせなくても別に遊べたと思うし、合わせないで遊んでた人の方が多かったと思う。実際、中学に上がって学校で遊んでたグループは、その手の知識はまったく無かったし」
オリハタさん(仮)
「そういうときはどういう風に遊ぶわけ?」
玄兎
「ほとんど戦闘ばっかりやってた。ストーリーは漫画とか小説から借りてきて、途中やら最後やらにバトルがあって。ゲームの中心はあくまでバトルで、その途中のイベントなんかはじゃんじゃん飛ばしまくっていく」
オリハタさん(仮)
「砂漠を渡るときとかは、どうしてたの?」
玄兎
「それなりに考えたりはするんだけど、まあプレートメイルはまずいよねーとか、砂漠には毒さそりがいるとかそんな感じで、戦闘に関することがほとんどだった。あとは食料とかもあるけど、運ぶ手段なんかは特になくて、こっちから質問すれば追加するけど、何も言わんで後で指摘するとめんどくさいって言っちゃうような雰囲気だね」
オリハタさん(仮)
「建物の話は?」
玄兎
「単純にダンジョンハックの対象でしかない。広間がある、扉がある、罠を調べる、鍵を開ける、小部屋に何がある、敵がいた、戦闘だ、メモがある、秘密の入り口のヒントだ、とか。総当りコマンドのアドベンチャーゲームと同じで、初めはいいけどすぐにマスターもプレイヤーも疲れちゃうだけなんだわ。僕がサークルで学んだアプローチは、ゲーム世界をそれらしく形作る、リアリティ重視のマスタリングが必要だったんだけど、学校のメンツではそうやって描写しても単に面倒くさいだけなんだよね」
オリハタさん(仮)
「質問いい? なんでその、マスタリング? それにリアリティが必要だったの?」
玄兎
「リアリティ重視といってもリアルとは違うから、大事なのはそのものじゃなくてそれっぽさなんだけど。なんでかって言ったら、プレイヤーはそうした周辺情報の中から目的にかなった材料を自分で選択していくから。というかそういう推理をすること、何故そこに目的のものがあるのかって論理を構築することなんかが、楽しみの一つだった。」
オリハタさん(仮)
「ミステリーみたいな感じで遊んでたってこと?」
玄兎
「そうそう。遊び方というか、シナリオの定義自体が違ってて、まあミステリー的ではあるんだけど、答えはひとつじゃないっていうか」
オリハタさん(仮)
「ミステリーなのに答えが一つじゃない?」
玄兎
「というか、たぶん今だと邪道とか口プロレスとかって言われる遊び方なんだけど、たとえばミステリ的な連続殺人事件が起こったとして、この犯人を決めるのはシナリオデザイナーじゃなくてプレイヤーなのね」
オリハタさん(仮)
「勝手に決めちゃうの? 犯人を?」
玄兎
「まあ最終的に判断するのはゲームマスターなんで、正確なところは違うんだけど、シナリオデザイナーが決めるんじゃない、あるいはシナリオを作ってる段階では犯人は決まってないっていう感じかな。単純に事件と断片的な情報だけが存在していて、ゲームマスターはそういう情報を提示する。で、プレイヤーは提示された情報を正しい位置に配置していって、推論を展開していくわけ。こういうことじゃないかって。で、その推論にゲームマスターが反証出来なかったり、あるいはゲームマスターがその推論に面白さを見出したら、それ採用、てことになって事実になっちゃう」
オリハタさん(仮)
「それってミステリーとしてどうなの? ありなの?」
玄兎
「いやあ、ミステリーとしちゃあ無しでしょ。なんちゃってミステリーと言うか、でもそういう手法をとらないと、TRPGが単なる正解当てゲームになっちゃうわけでさ」
オリハタさん(仮)
「それじゃあダメなの?」
玄兎
「シナリオデザイナーとゲームマスターの負担が大きすぎるのがひとつ。ストーリーコンテンツとしてのミステリーは、あれ情報の制御がうまいだけで成立するもんじゃないんだよね。あれが成立するきっかけになったのは、名探偵っていうキャラクターの発明でさ。結局その、提示された情報を的確に構築できる頭脳っていうキャラクター、それが存在するから成立する。まあそのキャラクターたちが積み上げてきた文法ってのもファンの間では重視されてきたし、TRPGにも同じようなものはあるんだけども」
オリハタさん(仮)
「その名探偵をプレイヤーがやるんだから、負担が大きいのはプレイヤーじゃないの?」
玄兎
「まあそれはそうなんだけど。プレイヤーを名探偵に仕立てるゲームマスターは、情報の制御がうまくないといけない。プレイヤーの思考パターンを理解した上で、正しいゴールに至れるだけの情報を提示していく必要がある。情報制御に失敗すると、プレイヤーが誰一人として名探偵になれないから。ミステリー小説の場合、シナリオデザイナーの手に情報提示の権利と名探偵っていう憑き物落としのツール、この両方があるけどTRPGの場合、それは分割されちゃってる。だからTRPGでミステリーを遊ぶとき、犯人から事件の真相から、何もかもが決まっているとすると、それはものすごくハードルが高くて、ほとんどのゲーマーが遊べないような性質のものになっちゃうってわけ」
オリハタさん(仮)
「その解決策が、その遊び方なの?」
玄兎
「ていうか、名探偵の性質を逆算した遊び方なんだよ。創作において名探偵っていうキャラクターが、果たして誰のシャドウなのか?」
オリハタさん(仮)
「作家でしょ?」
玄兎
「そう。そうなんだよ。その文法を投影して、更に名探偵をプレイヤーキャラクターに割り振ったとすると、どうなるか。名探偵は、事件の真相を書くんだよ。それはゲームマスターの仕事じゃないし、シナリオデザイナーの仕事でも無い。プレイヤーの仕事なんだってことになる」
オリハタさん(仮)
「それを遊んでた時から、そんなこと考えてたわけ?」
玄兎
「まさか。こりゃ後付けだよ。自分が遊んでたものの解析なんかは、94年頃から始めたことだし。ただその、まあこれは後付けだけど、でもそれなりの説得力は持ってると思う。どうかねえ?」
オリハタさん(仮)
「分かる気もするけど、詭弁に聞こえなくも無い、かな(笑)」
玄兎
「残念。これじゃ通しきれないか。まあいいや。で、まあそういう遊び方をしてたんだけど、それじゃ通用しなかったんだよね。学校の方では」
オリハタさん(仮)
「面倒くさいって言ってたけど、それはつまり、謎を考えることがってこと?」
玄兎
「そうそう、そういう話。中学のグループでは、それは楽しみより苦痛の方が大きくてさ。結局、戦闘やってた方がまだましっていう。どうも僕はそういう遊び方が肌に合わないというか、ただサイコロ転がして一喜一憂するだけの遊びっていうのが、そんなんで満足なのか? とか思ってたから」