病気という妖怪

 妖怪の座に、病気が座っている。
 今に始まったことじゃないが。

 こんな話がある。
 戦前のことだそうだが、郵便配達員の若者が、村はずれの家まで一通の手紙を届けに行く。
 宛名には覚えがないが、行ってみたら確かにそういう苗字の表札の家がある。
 郵便受けに入れるんでなしに、「配達でーす」とやっていたらしい。
 その家でもそうした。
 すると出てきたのは目も覚めるような美人である。
 その美人に「こんなはずれまでご苦労様。少し休んでいきませんか。お茶くらい出しますよ」と勧められたものだから、若者は「まあ少しくらいなら」と家に上がった。
 少し話した後、その美人が小用で退席する。
 若者はしばらく待っていると、後ろから「アンタ何してる」と怒鳴り声。
 さては間男と間違われたかと思い、振り返ると手ぬぐいで鼻をふさいだ男がいた。
 若者は肥だめに腰まで漬かって、朗らかに独言していた。

 さて昔なら、狐狸妖怪に化かされた怪異譚となるところだ。
 これが今なら神経がどーの、幻覚がこーのとなって、病名がつけられる。
 病名をつけた医者は、その原理を(自分なりに)理解しているだろう。だがそれを聞いた一般の、こと医学に無知な人は、ただ「そういうもの」として認識する。
 そして「病気であるから」と同情なり憐憫なりの言葉を語る。

 病気への「そういうもの」という認識の仕方は、昔の妖怪に対するソレと、なんら違いがない。
 病気は今や、そういうものになりつつある。