[回想録] 10月 7日(1)

 10月7日の名古屋遠征について、あの27時間の奇跡の記憶を残すべく、読物としての体裁はあまり考えず直感的に記憶を文字に起こすことにする。まあ残すまでもなく残るだろうとの確信もあるが、信用ならない私の脳髄に任せておくわけにもいかない。
 まだ三日しか経っていないが、既にして27時間の記憶は私の宝物になっているのだから。

* * *

 


まずは私が12年間に感謝する、その12時間前のことから始めよう。

 私は某仕事場で、映像のチェックをしていた。
 ある映像作品の立ち上げに関わっていたのである。
 予定の締め切りは60時間後。作業は連携を要するが、大きなトラブルがなければ試算上、締め切りより18時間早く終わるはずだった。

「このペースで、あと 1日半で上がる?」

 ディレクターが不安げな表情で、私の仕事場に入ってきた。
 1日半。即ち36時間である。

「え? あと 2日半あるでしょう?」
「シフトの都合で 1日前倒しって」
「え?」

 そういう話は、まったく聞いていなかったのだが。
 そこに成人したかどうかという若い女子が、なんとも言いがたい表情で入ってきた。

「……ねえ」
「あ、は……い」
「シメ、前倒しってホント?」
「あ……の……」
「俺、聞いてないよね?」
「俺は伝えたよな?」

 オッサン二人の厳しい視線が女子に突き刺さる。

「ごめ「謝られても何の意味もないから」」

 私は苛立ちを隠さないまま、謝罪を遮る。
 目の前には、18時間も余裕のある芸術的なスケジュール表があった。
 赤ペンで 24時間分、削る。
 現在 0時過ぎ。あと 4時間で私は休暇に入る予定である。家に帰ってシャワーを浴び、90分ほど眠ってから招待状の入った封筒とDVDを持って東京駅へ向かい、友人と合流して新幹線に乗る。そういう予定がある。
 駅すぱあとで待ち合わせ時間の 1本前の電車を調べる。
 スタジオから直行の移動時間を計算し、最適化すれば 180分は稼げた。
 あと 180分だ。
 今日は名古屋から帰って後、スタジオには 23時半入りの予定である。これを20時にすれば 210分稼げる。これなら理論上は可能だが、現実的にはスタッフの体力的な問題がクリアされていない。私の休暇の余剰分、約 180分は彼らの休憩時間にあてるためのものだ。その180分を潰すことになると、集中力の低下から作業効率は 70%以下になる。210分使って 150分……実質的には 120分程度と考えたほうがいいだろう。なんという効率の悪さ!
 それに今日の休暇はいつものものとは別物だ。削りたくはない。
 どうする……

「やれるよね?」

 ぶつくさ言いながらスケジュールと素材を何度も見比べていた私に、ディレクターが不安げな声を出す。もっと高圧的でも良さそうなものだが、この人は(少なくとも若干なりと余裕のある段階では)そういう手法をとらない。それだけでも賞賛に値する、とか寸評していた自分が少し笑えた。
 使い物にならなくなったタイムシートを折り、紙飛行機にする。
 真上に投げたが、真下には落ちず、マンガのように女子の頭に直撃。
 これも笑えた。
 冷静に、今ここでスケジュールを崩壊させたときの20日後の現場の悲鳴を思う。タイムロスで生じるだろう損失は、現場レベルで40万、プロジェクト全体では7~800万といったところか。この日のギャラは X万。全額返納したところで、焼け石に水一滴にもならない。
 友人とスタッフと仕事を天秤にかける自分に絶望。

「……やります」

 私はディレクターの顔も見ないまま、増員のための電話をかける。
 10分後、この日の仕事はノーギャラになった。
 (※プラス要因:現場の信用を勝ち得た点)

* * *

「丸の内地下中央」

 その 8時間後、私は東京駅にいた。
 ギリギリまで仕事をして、約14時間の休暇中、私が不在でもできる作業を割り当てて、そのままの恰好で移動。少々、恥ずかしい。
 携帯電話で、ひょろ長生物・ももんげ氏と連絡。
 東京駅のどこで待ち合わせるかまでは、決めていなかったのである。今考えるとひどい話だが、そのお陰で最短の時間で合流できたのだから――これも怪我の功名と言っていいものなのかどうか。

「直進行でな。民家は破壊するが電柱はよじ登れよ」
「のぞみ36号だ。14番ホーム……違った、19番」
「人間じゃないからいいんだ」

 グダグダのアホ話をしながら新幹線に乗車。
 このところ電話でもまともに話をしていなかったので、近況やら民俗学やら教育やらの話をしていたら、隣の乗客に「静かにしてください」と言われて黙る。仕方がないので目を閉じて休憩。緊張していたので眠れないのは、最初から分かっていたので問題なし。
 名古屋に到着。
 名古屋にもツワモノ(ピンクフリル)がいることを確認。

* * *

 名古屋駅を出て、地下鉄東山線に乗る。
 ホームで待ち、乗車。若干混んでいたが、乗り込み方になんとなく地域差を感じる。パーソナルスペースのとり方が違うんだな、アレは。
 一駅で乗り換え。次は鶴舞線。
 こちらは大分空いていたので、3駅目くらいで座る。
 車内広告の違いを面白がりながら、原駅に到着。

「さて、何か食うところはあるかな」

 と外へ。なにしろ昨晩からヨーグルト+オレンジマーマレードしか口にしていない。
 出てみると、店の配置パターンが関東とまったく違って面喰らう。
 ももんげ氏と「理解できん」「面白いが時間が」と言いつつ放浪。
 最終手段は駅ビルのサンクス、その次が天狗、と話しながら歩いて、結局その先のデニーズへ。ももんげ氏は、名古屋ならではの食べ物が食べたかったようだが、そんなの探してる時間はないし、面倒だったのでデニーズに強行。
 呼び出しボタンもドリンクバーも無いのに驚く。
 日本は広い。(単にほとんど外食しないだけ)
 適当に食事を済ませて駅まで戻る。
 いよいよメーンイベントだ。