[編集考] 文庫・横書き

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 『ソード・ワールド2.0』が発売されてから、周囲がちょっと騒がしい。
 ぶっちゃけ「やりましょう」の声が出てきているわけで。
 さすがは「ソード・ワールド」の名を冠しているだけの事はあるなァ。
 ……で、今回はちょっとそのルールブックの合理性についての話。
 多くが経験則なので、似非科学かもしれませんが。

合理的な「横書き」「文庫」の選択肢

 今回のルールブックは文庫で横書きでしたが。
 これ、製造・流通レベルの問題とキャラクターシートの配布手段さえクリアできれば、かなり高い次元でルールブックとしての適性が高いんじゃないかと思いました。
 学術的には人間工学になるのかもしれないんですが、難しいことは良く分かりません。

 なんと言っても 1ページを一瞬で視野に収められるのが良い。
 これは文庫サイズに総じて言える長所なんですが、「1ページを“活字を労なく判読できる距離で”視野に収められる」というのは計り知れないアドバンテージなのですよ。

「大判」「多段組」の欠点。「文庫」「一段組」の利点。

 多くの大判ルールブックが「読みにくい」「ルールが重い」といった先入観を持たれる原因の中には、多段組であること、1ページの情報量が多い、というものがあるのです。
 特に現代人は視力低下によって視野が狭まっており、また眼球運動の機能も悪いため、同じ情報量であれば A1 版(新聞紙の1面の大きさ)1ページの中から探すよりも、A6 版 16ページの中から探す方が早い場合があります*1

 また体の機能としても、「目だけ」を使うより「目」と「手」を使った方がタスクの分散が出来る点、ページをめくっている間は「目」を休めることができる点、同じ情報を繰り返し確認する二度手間が省ける点、更には中断/再開の区切りがつけやすい点など、文庫サイズの長所は計り知れません。

「縦書き」が疲れる理由

 横書きのテキストは、検索に対する適性が高い書式です。
 対する縦書きのテキストは、じっくり読ませることに特化しています。

 人間の目は横方向への運動に適性があり、縦方向への運動にはあまり適していません。これは読書に関しても同じことで、実は縦書きというのは人体にとってあまり優しい構造ではないんですね。
 だからこそ縦書きの文章は、読書に集中させることを得意とします。
 「集中している」という状態は「他のことを考えていない」という状態のことだと言い換えることができます。一つのことしか考えず、全ての脳のリソースをそのことにだけ使っている状態が、もっとも集中している状態なのです。
 よく「集中していて電話が鳴ってたことに気がつかなかった」なんて話がありますが、これは、普段なら周囲の状況変化を知覚するために割り振っている脳のリソースまでも、集中している一つのことに割り振っていたため、知覚機能が停止状態となっていたことからくる結果です。
 縦書き文章を読むときにも、同じことが起こります。

 前述のとおり「縦書き文章を読む」という行動は、人体に無理を強いることです。左右の情報を拾おうとする視覚を、上下の情報に制限しなければならないのです。その無理をかなえるためには、余分なリソースを使わなければなりません。
 結果として多くのリソースを「縦書きの文章を読む」ために使用することで、集中してる状態と同じ状態を作り出すことができるわけです。
 ただし、集中状態と同じ状態になるようにリソースが割り振られるまでの間、脳に強い抵抗がかかります。その抵抗に耐えられない人は、「縦書き」文章を読むことは苦痛になるわけです。

ルールブックと「横書き」の相性 ~ ルールを覚える

 さて、ゲームのルールブックにとっては「縦書き」と「横書き」のどちらが優れているかという点に進みましょう。

 まずは記憶工程。
 最初にルールを覚えるまでは、しっかり読み込む必要があります。これには縦書きの方がよさそうに思えますが、TRPG のルールを覚えるという作業は、本文の丸暗記ではなく、自分の脳内に整理された情報を残すという作業です。
 これには「読む」以外の作業を並行した方が効率が上がります。

  • 「メモをとる」
  • 「実際にやってみる」
  • 「シチュエーションを想像する」

 こうした作業を並行して行うには、脳のリソースにそれなりの余裕が必要になります。
 「縦書き」文章を読むことに慣れた人は、その点あまり心配はありません。むしろ「横書き」では情報が流れすぎて頭に残らない、という人がいるのも事実です。
 ですが「縦書き」に慣れていない人にとっては、「縦書き」のルールブックは「読む」だけでリソースを使い果たしてしまい、他の作業をしている余裕がなくなってしまいます。そして現代社会においては、そうした人の方が圧倒的多数であることは否めません。
 そのため丸暗記はできても、整理された情報として、ゲーム中にすぐに応用するようなことは難しくなります。
 消去法ではありますが、以上よりルールブックを覚えるときも「横書き」の方が適性が高いといえるでしょう。

ルールブックと「横書き」の相性 ~ 使って遊ぶ

 次に、実用工程。
 実際にルールブックを使ってゲームをするとき、何か必要な情報を引き出すときに、いちいち全文を読み込むというのはリスクが大きすぎます。必要な要点だけ引用できればいい。
 「縦書き」文章でこれは難しいんですね。
 リソースを使ってしまうとかいう話以前に、「縦書き」文章の場合、たった二文字の単語を探すのに 2工程以上のプロセスを踏む必要があるんです。
 言葉で説明するのはちょっと難しいんで、図を使ってみますと。

 これはまあ抽象イメージなんで実際には個人差が有るわけですが、たとえばこんな感じで横書きなら二文字一気に読めるけど、縦書きだと一文字ずつしか読めない、みたいなコトがありまして。
 つまり縦書きで二文字の単語を探すには、まず最初の 1文字目を拾って、次に 2文字目を拾って、という 2工程かかるのに対して、横書きだったら一発で 2文字拾えるわけです。

 そんなわけで、「横書き」の方が単語の検索速度も速くなります。
 まあ最終的には丸暗記レベルまで覚えちゃう人なんかだと関係ないんですが、そこまで読み込んでいる余裕のない人にとっては、これはけっこうなアドバンテージになります。

多段組がダメな理由

 大判の書籍で、多段組をした横書きルールブックがダメな理由は、あれって巨視的に捉えると「縦書き」に似た構造になっちゃうんです。特に一行の文字数が少なくて、段組数が多いページ構成だと。
 前セクションの「横書き」「縦書き」の抽象図を思い出してもらうと少し分かるかもしれませんが……ああ、いやこれも図示しましょう。えーとですね……

 こんな感じに描いたら伝わりますかね。
 あ、もちろん各段組の太線(文字情報の抽象イメージ)の長さは全て同じになるように作ってありますんで、視覚トリックなんかは使ってませんよ?(笑)

 たぶん人間工学的に突き詰めると、「縦書き」の文章というのは一行あたり 1文字の、超多段組「横書き」文章なんだと思うんですが。
 この話、実は“漢字”の構造や平仮名の発明につながっていく話なんですが、脱線しまくるのでこの辺で止めておきます。

まとめ

 最後ちょっと脱線しましたが、とりあえず「縦書き」と「横書き」の比較、また「1段組」と「多段組」の比較をしていくと、今回の『ソード・ワールド2.0』の編集は実に見事なモノなのですよ、という話。

 この話、とっかかりは『ソード・ワールド2.0』ってことになってるけど実際はそんなの関係なくて、ただ仕事中にマニュアル作りを押し付けられた任された新人クンに話したことを、ちょっくらテキスト化したダケのものだったりします(笑)

*1 : フォントや文字サイズが大きく異なる標題なら A1 版、均質な本文なら A6 版が、それぞれ優れている。