[comic][res] 家康の「男の約束」

 前エントリでいただいたコメントへのレスが、予想以上に長くなったのでエントリ立てました。

 基本的に、与太話です。
 ただ「僕はこういう風に読んでて、それが面白いと思っとります」というだけの話。
 正解/不正解なんてんじゃあ、ない。

いただいたコメントより

ところでちょっと聞いてみたいことが。
最新刊じゃなくて12服の話ですが、129景でなぜ家康は「男の約束」という言葉を出してまで秀吉を裏切らないと明言したのでしょうか?
それが家康の本心だったとは思えないし、かといってあの状態の秀吉にあえてへつらう必要性があったとも思えないし。
なかなか答えが出なくて気になってるんですが、玄兎さんはどう考えてるでしょうか。

 難しいトコ突っ込んできましたな(笑)
 これ、確かによく分からない。
 そもそも「男の約束」って言葉がよく分からない。
 ただし、色々と妄想出来る部分はあります。

妄想その壱:「男の約束」って

 ひとつは、同じ回(第129席)の最後の織部の台詞。
 「狢の約束」の「狢」に「おとこ」とルビが振られている。
 これは「狢」の方から拾って、「仲間」とか「同士」とかの意味でしょう。
 じゃあ秀吉と家康の、どこが仲間、どこが同士なのかと考えると――

 ひとつは「暗殺を企てた者」として。
 また「天下を治めるに努力する者」として。
 そんなつながりが考えられます。

 あの時、秀吉の語った「努力が足りん」の話って、読み方によっては享楽的な秀吉の振る舞いすら、すべて「努力」だったとも読めるんですよね。そうすると光秀の「強かになりなされ」と同じ、より具体的に語られた訓示とも取れる。
 もちろん「箔」を求めた秀吉は、光秀―家康ラインの「淡麗」とは違った価値観なんだけど、家康が心がけている「努力」や、彼なりの実直な「数寄」と、相通ずるものを、少なくとも家康は感じ取ったんじゃないか? という。

 しかも、これは家康は知らないことだけど、茶々に対する秀吉の態度。象徴的なのは第10服の冒頭、

「偽りでもよい
 たとえお前の野心がために生んだ子とて
 決して余に気付かせるな
 余がそれを忘れる程あらん限りに心を配れ」

(へうげもの 第10服 p.4)

と、ねねに対して全幅の信頼をおいた態度からも、秀吉の、外と内とを使い分ける気質は見て取れる。
 これって家康が光秀の死後に、時間を掛けて苦労して、どうにか身につけたモンなんですよね。

 そうした「同じ志を持った者」が、あの時の「男」の意味だとすると。
 「男の約束」って言葉は「同志の約束」として読める。でもそこには「天下を狙って暗殺を企てる裏切り者」としての顔がある。そうした意味を考えると、約束っていうけどそれは絶対に守られない、矛盾したモノでもあるんよね。
 それにあのカットの家康の表情を加えてみると……あのシーンは家康のへつらいではなく、むしろ面従腹背の挑戦状としての意味が強いんじゃないかと。「この意、分かるか」と突きつけてるようにも見えてくる。

 それに枕詞として軽く流しやすいけど、実は「臣下としてではなく」って方が、むしろ言いたかったんじゃないか? なんて考えることも出来ますしね。

妄想その二:人間・徳川家康として

 あと、まあこれは穿ち過ぎかもしれないけど、個人的にはこの挑戦状、どっかに「同じ女(ねね)を愛する者」ってのが有ったんじゃないか? なんて思ったりもしてる。
 そうやって読んでも面白い。

 まずもって家康の、ねねに対する執着って面白くて。
 第13服の爆笑シーン、まあ爆笑するところじゃないかもしんないけど、僕は爆笑したシーン。第139席から第140席にかけての家康ね。本来、好まないはずの華美な装束を、北政所が繕ったもので、北政所のキスマークがついてるから大いに気に入って愛用する(笑)

 またキスマークが胸のところにあるのが、たぶん家康的には「ねねの心」として受け取ってるんよね。そして頬を染めちゃったりする。
 だから第140服で

「独り身で生きていく覚悟も……」

(へうげもの 第13服 p.164)

って言ったねねに対して、ものすごい切なげな、「え? なんでそうなる?」って表情になる。たぶん「あの羽織は何だったのか?」とか「一周忌の趣向に足りない所があったか」とか、色々頭ン中をめぐってる。

 で、それをグッと拳を握ってこらえて、北政所としてのねねの言葉を聞く。政務官としての家康に戻ろうとする。
 ここでもう一笑しちゃうところなんだけど、更にその北政所が「西の丸を出る」って言った所で、もう一度、男としての家康の顔がむくりと起きだしてくる。

 「別邸に移り住む」ってことは、まあ隠居であれ何であれ、過去との決別であるわけだ。それに別邸なら、家康も会いに行き易くなる。
 北政所(ねね)の判断にはいちいち敬意を抱かずにいられない家康にとっては、政務官としても男としても、正しく「我が意を得たり!」なんですな。で、ものすごい気合が入っちゃう。「やらいでか!」とばかりに胸を叩いて、意気揚々と歩き始める。
 もうね、いちいち家康が可愛くて面白くて仕方がない(笑)

 そういう家康を見てると、実は家康、秀吉が死んだら北政所が手に入ると思ってたんじゃない? なんて妄想もできちゃう。それが本命ではなかったにしても、タナボタじゃないけど、そういう私的な野心もどっかにあったんじゃないのかお前? っていう。
 そんなことを考えると、あれは「ねね殿は戴きますぞ」って宣言だった……なんて読んでも面白いかもしんない。
 謹厳実直なだけでない、人間・徳川家康の「斜めに見た」面白さとして。