ブログってメディアは、時間経過によって加速度的に劣化します。
そんかしグーグル他の検索エンジンで、バシバシ過去の記事を読まれもします。
ブログは、だから基本的に「そのエントリだけを読まれるもの」と考えて書くべきでしょうと。
とすると、“自分の考え”を表明するエントリ(論考とかレビューとか)は厄介です。
例えば新作映画を見に行くか悩んでいるとき、レビューをその判断基準にしようとします。そのとき、そのレビューが「どういう好みの人間によって書かれたものか」というのは重要でしょう。
でも、ブログってそういうことはあんまり書かれない気がします。
これはブログというものが、記録者と利用者の間でズレているからじゃあないかと。
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記録者にとってブログは「継続して積み上げる歴史」です。
ところが利用者にとっては「個別の情報」に過ぎません。
この差が、ブログで残される“意見”が誤解される原因じゃないかと。
記録者にとっては「過去のエントリを見れば分かるでしょ」って話でも、利用者にとっては「いちいち調べるのが面倒くさい」わけです。“時間”というものが凄まじい速さで流れるネット環境では、特にその「面倒くさい」が顕著です。
記録者は、その辺のことも考慮して書いた方がいいんじゃないか、と。
ただ、これにも欠点があります。
毎エントリ、そうした“立脚点の表明”が入っていると、RSSなどで定期的に読んでる人たちにとっては「くどい」と思われる可能性が高いってコトです。
論考まがいの与太話を書こうとするとき、その辺どうするかで毎度悩みます。
これ、書くなら冒頭に書かなきゃならんわけですが、後から付け足そうとすると流れの調整が大変で、しかも失敗すると話題が散乱したり冗長になったりと、エントリ全体がまったくまとまらなくなってしまう……という。
たぶん劇物の類です。扱いを間違えると毒になる。
結局のところ、「一見」と「常連」のどちらをターゲットユーザに設定するかの問題なんでしょうが、レビューはともかく論考のようなエントリについては、多少くどくなろうとも、一見さんに開放しないとイカンよな、とか。
言ってる自分からして、出来てないことが多いですが(苦笑)