※本稿は書籍版と異なり、Web用に改行箇所等を調整しています。
第1章 準備とは何をすることなのか
―準備とは未来を予測することではない―
はじめに
ゲームマスターにとって、「準備」は最も多くの時間を費やす作業です。
シナリオを書き、
ルールを確認し、
NPCを考え、
敵データを作成し、
マップを描き、
資料を用意する。
人によっては、
BGMや画像、
ハンドアウト、
小道具まで準備するでしょう。
しかし、ここで一つの疑問があります。
準備とは、一体何をすることなのでしょうか。
多くのGMは、この問いに対して、
- シナリオを書くこと
- 敵データを作ること
- ルールブックを読むこと
といった具体的な作業を思い浮かべます。
もちろん、それらは準備の一部です。
しかし、それらはあくまで手段であって、準備そのものではありません。
第一巻では、ゲームマスターの役割を
情報 → 選択 → 結果
という構造で整理しました。
ゲームマスターは物語を書く人ではありません。
プレイヤーへ情報を提示し、選択の機会を与え、その結果を世界へ反映する人です。
そして、この構造はセッションが始まってからではなく、準備の段階から始まっています。
どのような情報を用意するのか。
どのような選択肢を成立させるのか。
その結果をどのように世界へ反映できるようにしておくのか。
これらはすべて、準備の段階で設計されます。
つまり、本書でいう準備とは、単に資料やデータを作ることではありません。
セッションという遊びが成立する条件を整えること。
それが、本書における準備の定義です。
1-1 準備とは未来を予測することではない
初心者GMは、準備について次のような悩みを抱えがちです。
- 「プレイヤーが予想外の行動をしたらどうしよう」
- 「全部想定しておかなければいけませんよね」
- 「どこまで準備すれば足りますか」
これらはすべて、
「準備とは、プレイヤーの行動を予測することだ」
という考え方から生まれています。
しかし、この考え方には大きな問題があります。
テーブルトークRPGでは、プレイヤーの行動を完全に予測することはできません。
むしろ、予測できないことが前提です。
例えば、GMが次のようなシナリオを用意したとします。
依頼人から失踪事件の調査を依頼され、
現場を調べ、
犯人を突き止め、
地下遺跡で決戦を行う。
ところがセッションが始まると、プレイヤーは
「依頼人が怪しい」
と言い始めます。
依頼を断るかもしれません。
依頼人を監視するかもしれません。
町中の聞き込みを続けるかもしれません。
GMは、
「そんなことは想定していない」
と慌てます。
しかし、本当に問題は「想定外の行動」だったのでしょうか。
依頼人を疑う。
依頼を断る。
別の方法で調査する。
どれもプレイヤーとしては、ごく自然な判断です。
つまり、「想定外」だったのではありません。
GMが一つの進行しか考えていなかっただけなのです。
もちろん、だからといって、あらゆる可能性を準備することは現実的ではありません。
町中のすべての建物。
すべての住人。
すべての質問。
すべての行動。
それらを用意することは不可能です。
では、何を準備すればよいのでしょうか。
その答えが、次に述べる「構造」という考え方です。
1-2 準備するのは行動ではなく、構造である
プレイヤーが犯人へたどり着く方法は無数にあります。
聞き込みをする。
現場を調べる。
魔法を使う。
人脈を利用する。
しかし、どの方法を選んでも、多くの場合、最終的に必要なのは
犯人へつながる情報
です。
つまり、GMが準備すべきなのは、
「宿屋へ行けば情報A」
「酒場へ行けば情報B」
という一本道の台本ではありません。
必要なのは、
- 犯人へつながる情報が存在すること
- その情報へ到達する手段が複数あること
という構造です。
宿屋でもいい。
酒場でもいい。
衛兵でもいい。
魔法でもいい。
入口は変わっても、情報の役割は変わりません。
準備とは、
「プレイヤーが何をするか」
を書くことではなく、
「何をすれば遊びが前へ進むのか」を設計すること
なのです。
これは第一巻で説明した情報設計論と同じ考え方です。
重要なのは情報の入口ではありません。
その情報が遊びの中で果たす役割です。
入口しか準備していなければ、その入口が使われなかった瞬間にセッションは止まります。
しかし役割を準備していれば、別の入口から同じ情報へ導くことができます。
初心者GMほど、
「どこで情報を渡すか」
に意識が向きます。
しかし本当に重要なのは、
「なぜその情報が必要なのか」
という構造なのです。
1-3 準備は変化に対応するために行う
準備について、もう一つよくある誤解があります。
それは、
準備をすればするほど、アドリブは不要になる
という考え方です。
実際には、その逆です。
準備とは、アドリブをなくすためではありません。
安心してアドリブできるようにするために行います。
料理人はレシピを理解しているから応用できます。
建築士は構造を理解しているから設計変更へ対応できます。
音楽家は基礎を身に付けているから即興演奏ができます。
ゲームマスターも同じです。
世界の構造を理解し、
NPCの目的を定め、
情報の役割を整理し、
シナリオの目的を明確にしている。
だからこそ、プレイヤーが予想外の行動を取っても、その場で自然な対応を組み立てられます。
逆に、細かな台本だけを準備している場合は、そこから一歩外れた瞬間に対応できません。
アドリブが苦手なのではありません。
構造を準備していないだけなのです。
この考え方は、本書全体を通して繰り返し登場します。
準備とは未来を固定することではありません。
プレイヤーの選択によって変化する未来を受け止められる土台を整えることです。
プレイヤーを縛るためではなく、
どのような選択が行われても遊びが成立するよう支えること。
それが、本書の考える準備なのです。
1-4 構造を逆算する
第一巻では、ゲームマスターの役割を
情報 → 選択 → 結果
という流れで説明しました。
セッション中は、ゲームマスターが情報を提示し、プレイヤーが選択し、その結果として世界が変化していきます。
しかし、準備の段階では、この順番で考えてはいけません。
まだプレイヤーの行動も世界の変化も存在しないからです。
そこで必要になるのが、
結果 → 選択 → 情報
という逆向きの考え方です。
まず考えるべきなのは、
「プレイヤーにどのような体験をしてほしいのか」
という結果です。
その体験を実現するためには、どのような選択が必要なのか。
さらに、その選択を成立させるには、どのような情報が必要なのか。
この順に逆算することで、本当に必要な準備が見えてきます。
例えば、推理シナリオを考えてみましょう。
初心者GMは、
- 犯人は誰か
- 凶器は何か
- トリックはどうするか
といった設定から考え始めがちです。
もちろん、それでもシナリオは作れます。
しかし、この段階ではプレイヤーが何を楽しむのかがまだ決まっていません。
推理を楽しんでもらいたいのであれば、プレイヤーは犯人を推理できなければなりません。
そのためには、
- 凶器に関する情報
- アリバイに関する情報
- 動機に関する情報
- 現場の状況
といった判断材料を入手できる必要があります。
そこまで考えて初めて、
「どこで、その情報を得られるようにするのか」
という準備へ進めます。
犯人だけを決めても、プレイヤーが推理できなければ推理ゲームは成立しません。
これは推理に限った話ではありません。
ホラーなら恐怖を感じるための情報。
戦術戦なら判断材料となる情報。
政治劇なら各勢力の思惑を知る機会。
どのジャンルでも、
体験したいことから逆算して準備する
という考え方は変わらないのです。
1-5 「遊び」を準備するのであって、「物語」を準備するのではない
初心者GMは、準備をするとき、
「物語を書こう」
と考えがちです。
しかし、本書では少し違う考え方を採ります。
ゲームマスターが準備するのは、
物語ではなく、遊びです。
物語は、セッションが終わったあとに振り返れば見えてきます。
セッション中に存在するのは、
プレイヤーが考え、
迷い、
決断し、
その結果として世界が変化していくという遊びです。
ゲームマスターが事前に物語を完成させてしまうと、プレイヤーはその物語をなぞるだけの存在になってしまいます。
一方で、遊びを準備していれば、物語はプレイヤー自身の選択から生まれます。
例えば、
「最後は橋の上で決戦になる」
という結末を準備するのではなく、
「犯人は追い詰められたら橋へ逃げる」
という状況を準備します。
プレイヤーが橋へ追い詰めれば決戦になります。
途中で説得に成功すれば戦わずに終わるかもしれません。
逃走を許せば、別の場所で再戦するかもしれません。
どれも成立します。
重要なのは、
プレイヤーが選択できる状態を維持することです。
ゲームマスターが準備するべきなのは、
「この結末になる未来」
ではなく、
「どの結末になっても遊びが成立する構造」
なのです。
1-6 準備不足とは何か
では、本書でいう準備不足とは何でしょうか。
初心者GMは、
- シナリオを書き終えていない
- NPCが少ない
- 敵データが足りない
といった状態を思い浮かべます。
しかし、本書では少し違います。
準備不足とは、
遊びを成立させる条件が欠けている状態
です。
例えば、
犯人も事件もNPCも決まっている。
しかし、
プレイヤーが事件を調べる方法を用意していない。
これは明らかな準備不足です。
あるいは、
ダンジョンも敵も宝箱も用意した。
しかし、
探索する理由が存在しない。
これも準備不足です。
つまり問題なのは、準備の量ではありません。
構造が成立しているかどうかです。
逆に、NPCが二人しかいなくても、
情報が流れ、
選択が成立し、
結果が変化するなら、
十分に遊べるセッションになります。
本書では、準備の量ではなく、
構造の完成度
を重視します。
1-7 過剰準備とは何か
準備不足と同じくらい多いのが、過剰準備です。
例えば、
町の住民三百人を設定する。
酒場のメニューをすべて作る。
王国の歴史を五千年分まとめる。
世界地図を大陸単位で描く。
こうした作業は、創作としては非常に楽しいものです。
世界設定そのものを否定するつもりはありません。
しかし、それらが今回のセッションで活用されるとは限りません。
ここで考えたいのは、
その準備は、誰のための準備なのか
ということです。
ゲームマスター自身が世界設定を楽しむためであれば、大いに価値があります。
しかし、プレイヤーへ遊びを提供するという目的で考えるなら、もっと効果的な準備があるかもしれません。
例えば、
NPCの設定を十ページ書くよりも、
そのNPCがプレイヤーへ何を伝えるのか
を整理した方が、実際のセッションでは役立つことが少なくありません。
世界地図を描くより、今回訪れる街の人間関係を整理した方が重要な場合もあるでしょう。
つまり、過剰準備とは労力の多さではありません。
今回の遊びに対する効果が薄い準備へ、多くの時間を費やしてしまうことです。
もちろん、詳細な世界設定を作ること自体は悪いことではありません。
重要なのは、
その準備が今回のセッションでどのような役割を持つのか
を理解した上で行うことです。
役割が明確なら、どれだけ作り込んでも構いません。
反対に、役割が曖昧なまま作業だけが増えていくのであれば、それは準備ではなく、自己満足になってしまう危険があります。
ここまで見てきたように、準備不足と過剰準備は、一見すると正反対の問題です。
しかし、本質は同じです。
どちらも、
「何のために準備するのか」
が曖昧になっている状態なのです。
1-8 「遊びたいこと」と「遊べること」は同じではない
ゲームマスターとして経験を積むほど、
「こんなセッションをやってみたい」
というアイデアは次々と生まれます。
壮大な戦争。
複雑な政治劇。
緻密な推理。
自由度の高いオープンワールド。
長期キャンペーン。
どれも魅力的です。
しかし、その一方で、実際のセッションには必ず制約があります。
- プレイ時間
- 参加人数
- プレイヤーの経験
- ゲームシステム
- 使用できるサプリメント
- ゲームマスター自身の準備時間
これらはすべて、
「遊べること」
を決定する条件です。
つまりゲームマスターは常に、
「遊びたいこと」と「遊べること」の間で設計を行っている
のです。
初心者GMは、遊びたいことだけを見がちです。
一方、経験を積んだGMほど、制約を踏まえて遊びを設計するようになります。
例えば、四時間の単発セッションに、
国家間の陰謀、
巨大ダンジョンの探索、
恋愛、
政治交渉、
最終決戦まで盛り込もうとしても、時間が足りません。
初心者ばかりの卓で高度な戦術戦を行えば、ルール説明だけで終わってしまうこともあります。
反対に、熟練者ばかりの卓で単調な一本道の戦闘だけを繰り返せば、物足りなさを感じるかもしれません。
良い準備とは、理想だけを追い求めることではありません。
与えられた条件の中で、最も良い遊びを設計することなのです。
1-9 準備とは「制約」を設計へ変えることである
制約という言葉には、否定的な印象があります。
時間がない。
人数が足りない。
初心者しかいない。
サプリメントが使えない。
しかし、本当にそうでしょうか。
映画には上映時間があります。
短編小説には文字数があります。
俳句には十七音という厳しい制約があります。
それでも、多くの名作が生まれています。
テーブルトークRPGも同じです。
制約があるからこそ、
何を優先するのかを考えます。
例えば四時間しかないなら、
- 情報を絞る
- 登場人物を減らす
- 戦闘回数を一回にする
- 導入を簡潔にする
といった設計になります。
一方、長期キャンペーンであれば、
伏線を増やし、
世界設定を少しずつ開示し、
NPCとの関係も時間をかけて育てられます。
どちらが優れているわけではありません。
条件が違えば、設計も変わるだけです。
準備とは制約を取り除くことではありません。
制約の中で遊びを成立させる設計を行うことなのです。
1-10 準備には優先順位がある
ここまで読むと、
「結局、どこから準備すればよいのか」
という疑問が出てくるでしょう。
本書では、準備には明確な優先順位があると考えます。
最初に決めるべきなのは、
遊びの目的です。
何を楽しむセッションなのか。
その目的が決まって初めて、
ゲームシステム、
レギュレーション、
参加者といった条件を決められます。
そして最後に、
シナリオ、
NPC、
資料、
敵データなどの具体的な準備を行います。
初心者GMほど、この順番が逆になりがちです。
最初にNPCを作る。
マップを描く。
世界設定を書く。
もちろん、それらも必要な作業です。
しかし、何を遊ぶのかが決まっていなければ、それらは目的を持ちません。
家を建てる前に家具を買い集めるようなものです。
家具は必要です。
しかし、家の間取りが決まっていなければ、どこへ置けばよいのか分かりません。
準備も同じです。
まず設計があり、その後に個々の準備があります。
1-11 良い準備は、セッション中には見えない
準備がうまくできたセッションでは、プレイヤーは準備の存在をほとんど意識しません。
必要な情報は自然に手に入ります。
NPCの反応にも違和感がありません。
プレイヤーの思いついた行動にも、世界は自然に応答します。
その結果、
プレイヤーは
「自由に遊べた」
という印象を持ちます。
もちろん、その裏ではゲームマスターが多くの準備をしています。
しかし、その準備は前面へ出ません。
これは舞台装置と同じです。
観客は舞台装置そのものを見に来ているのではありません。
舞台装置は役者の演技を支えるために存在します。
セッション準備も同じです。
目的は準備を見せることではなく、
プレイヤーの遊びを支えることです。
だからこそ、良い準備ほど目立ちません。
反対に、
「ここは予定どおり進んでください」
「そのNPCには話しかけないでください」
「その情報はまだ出せません」
という場面が増えるほど、プレイヤーは準備の存在を意識するようになります。
準備が遊びを支えるのではなく、
遊びを制限してしまっているからです。
1-12 準備とは「遊びの土台」を作ることである
本章では、「準備とは何か」という基本的な考え方を整理してきました。
準備とは、
シナリオを書くことではありません。
資料を作ることでもありません。
未来を予測することでもありません。
プレイヤーの行動を管理することでもありません。
遊びが成立するための条件を整えること。
それが、本書でいう準備です。
そのためには、
まず遊びの目的を定め、
参加者やゲームシステムといった前提条件を整理し、
情報・選択・結果の構造を設計し、
最後に必要な資料やデータを用意します。
この順序を見失わなければ、準備不足にも過剰準備にも陥りにくくなるでしょう。
本書では、この考え方を土台として、次章以降、それぞれの準備対象について順に掘り下げていきます。
ゲームシステムは何を基準に選ぶのか。
レギュレーションはどこまで決めるのか。
参加者をどのように分析するのか。
そして、それらを踏まえて、シナリオや情報、選択肢をどのように設計するのか。
本書は、それらを
「何を準備するのか」ではなく、「なぜそれを準備するのか」
という視点から考えていきます。
第一巻がゲームマスターという役割の構造を解き明かした本であったとすれば、本書は、その構造を実際のセッションへ落とし込むための設計書です。
準備とは未来を決めることではありません。
どのような未来になっても遊びが成立する土台を築くこと。
それが、本書の考える準備の本質なのです。
1-13 準備の対象
ここまで、本章では「準備とは何か」を考えてきました。
では、ゲームマスターは具体的に何を準備しているのでしょうか。
本書では、準備を次の四つの層に分類します。
第1層 遊び ── 何を遊ぶのか
↓
第2層 条件 ── どのような前提で遊ぶのか
↓
第3層 構造 ── 遊びをどのように設計するのか
↓
第4層 運営 ── 当日どのように実施するのか>
↓
セッション
最初に準備するのは、遊びです。
どのような体験を提供したいのか。
何を楽しむセッションなのか。
ゲームシステムやシナリオより先に、まず遊びの目的を決めます。
次に準備するのは、条件です。
ゲームシステム、サプリメント、レギュレーション、参加者、プレイ時間など、遊びの前提となる条件を定めます。
同じシナリオでも、条件が変われば遊び方は大きく変わります。
続いて、構造を準備します。
第一巻で説明した「情報・選択・結果」の構造を、具体的なセッションとして設計していきます。
シナリオ、NPC、舞台、敵、情報配置などは、この段階で初めて意味を持ちます。
そして最後に準備するのが、運営です。
資料、マップ、配布物、持ち物、卓の環境、時間配分など、セッションを円滑に進めるための実務的な準備を行います。
これら四つの準備がそろって初めて、一つのセッションが成立します。
重要なのは、この四つが独立した作業ではないということです。
遊びの目的が変われば、必要な条件も変わります。
条件が変われば、設計する構造も変わります。
構造が変われば、必要な運営方法も変わります。
つまり、準備とは個々の作業を積み重ねることではありません。
一つの設計を、段階的に具体化していく過程なのです。
本書では、この四つの準備対象を順に取り上げながら、ゲームマスターがどのような考え方で準備を行えばよいのかを考えていきます。
ここから先は、その設計を一段ずつ具体化していきましょう。
本章のまとめ
本章では、「準備とは何か」という本書全体の土台となる考え方を整理しました。
準備とは、シナリオや資料を作ることでも、プレイヤーの行動を予測することでもありません。
ゲームマスターが準備するべきなのは、プレイヤーの選択によって変化する未来を支え、遊びが成立するための条件です。
そのためには、遊びとして実現したい体験を出発点とし、必要な情報や選択肢を逆算して設計する必要があります。
また、準備は量の問題ではありません。
遊びを成立させる条件が欠けていれば準備不足となり、今回の遊びに役立たない作業へ時間を費やせば過剰準備となります。
重要なのは、「何を作るか」ではなく、「なぜそれを準備するのか」という目的を明確にすることです。
本書では、この考え方を基礎として、準備を
- 遊び
- 条件
- 構造
- 運営
という四つの対象に分け、以降の章で順に具体的な設計方法を考えていきます。
本章の結論
準備とは、遊びが成立するための条件を設計することである。
ゲームマスターが準備するのは未来ではない。プレイヤーがどのような選択をしても遊びが成立する土台である。