「なんで人間、表(善意)と裏(悪意)があるんだ?」
……って話があったので、ちょっと考えてみた。
あんましまとめません。道徳ばった言葉は好きじゃないんで(笑)
いきなり自分の話をしますが。
自分自身を顧みても、表と裏、善意と悪意なんてごっちゃです。
まあ幾分にも下世話な話ですけど、たとえば電車でお年寄りに席を譲ったとき、どっかで自分が「いいことしたー」って満足感を味わいたい部分もあるわけじゃないですか。より度量の小さい話になると、優先席に大また開きで座ってるガクセーに対するアテツケだったり(笑)
逆に自分が松葉杖で立ってるときだって、席を譲られたら「ありがとう。ごめんなさい」と「ラッキー♪」がどっかで共存してる。
明確に他人を押し退けて、自分の利益だけ求めるような“悪事”でない限り、そういうのはどっかで両立していて、まあそう考えると人間って随分サビシー生き物になっちゃうって言う人もいるんですが、そういうのは有ると思うわけですよ。
たとえば……そうだな。
子供がね、電車でお年寄りに席を譲ったと。
そのとき子供は親の方をジーっと見てたんですね。
“誉めて誉めてビーム”を親に照射してた(笑)
これ、子供の中で「座って楽をする」より「親に誉めてもらう」方が勝った、と考えることもできるわけでさ。
でもイイコトなわけですよ。
お年寄りは席に座れて、子供は誉めてもらえて、親はなんか誇らしくて。
ほら、みんなハッピーだ。
「情けは余人の為ならず」ってあるでしょ。
過保護に世話しても相手のためになりませんよって話じゃないですよ?(笑)
アレさ、よく「いつ返って来るかわかんねーじゃん」って若い人が言うんだけど、その場で返って来てんだよね、自己満足が(笑)
わかんない人は一度、電車の席を譲ってあげればいい。
そんだけでその日一日、肩で風切って歩けるようになるから。
ちゃんと自分のタメになってんですよ。
……まあ、年寄り扱いされるの嫌がる人もいますけどね(笑)
「商売で成功するコツは、取引する双方が儲けることだ」
……って話があって、僕はコレがすごい好きなんですが。
市場価格より安く、でも必要経費よりは高い値段で取引する。
売り手は「必要経費より高値で売れて嬉しい」し、買い手は「市場価格よりも安値で買えて嬉しい」って構図。
そんだけのシンプルな話なんですけどね。
買い手も市場価格より安くゲットしてますけど、売り手だってしっかり儲けを出してるわけで、慈善事業じゃない。だから気持ちよく取引できるし、後腐れがない。
仕入れ値より安くしたら、売り手が一方的に損をして、そりゃあ買い手は嬉しいでしょうけど、売り手は「売るんじゃなかった」って後になって後悔するでしょ。商売する気なくなりますよ、そんなん。
「ありがとう」って感謝するじゃないですか。
そうすると、言われた方がまず嬉しくなるわけですが、同時に感謝した方も喜んでもらえて嬉しい。
二人ともハッピー。何の問題もない。
* * *
ああ、随分キレイな話ばっかりしちゃいましたが。
(生々しい? 僕の中ではこれでもキレイなんです!)
裏なんて有って当然ですよ。
そんな、一方的に損したがる人間なんていません。
損することで別の得があるから、進んで損を拾うこともできる。
なんも得のない損なんか、少なくとも僕は御免被ります。
感謝したって相手が「ふん、当然じゃないか」って顔してたら、感謝する気にならんでしょ?(笑)