人は自分が悪人であるということを、あまり信じたくは無い。
故に偽善を為す。
故に悪事に理由をつけては、より大きな善行のための必要悪だと納得させる。
世の中は、善人であるよりも悪人である方が渡りやすいように出来ている。
行き着く先にあるものを想像しない者はいない。
それでもなお進むことを選ぶ者と、正直に立ち止まる者がいる。
進む者の方が、一般的に成功者とされることが多い。
だが、やはり心には悪行を為すを良しとしないものを持つ者の方が、まだ多い。
まったく人間とは面白い。
そう言って心底から笑えば、ため息とともに悪趣味と罵られた。
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善悪の心に利く呪文を、誰もが二つばかり持っている。
貴方も好かれたままでありたいのなら「あなたは悪くない」と唱えればいい。
呪文にかけられた者は安らぎをもって貴方に好意を献じるだろう。
あるいは緩慢な死を招くものであっても、その誘惑に逆らえる者は多くない。
貴方が我が身を省みずに尽くしたいのなら「あなたこそが悪党だ」と唱えればいい。
呪文にかけられた者は剣持て貴方を奈落へ追いやるだろう。
それでも呪文にかけられた者は動き出すだろう。貴方の命と引き換えに。
貴方の命を賭けた行いで、得られるものが憎悪ばかりだとしても、私は貴方に言うだろう。
「あなたは必要悪だったのだ」と。
まったく人間観察は、呆れることこそあれ飽きることはない。
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そういえば「悪」とは「亜」に「心」と書く。
「亜」とは「近いもの」「準じるもの」の意とされる。
ならば「悪」とは「心に近いもの」「心に準じるもの」なのか?
この字にその意を与えた誰かに、握手でも求めたい気分だ。