[Column] 【娯楽の核子】で読み解くゲーム(1) – シリアスゲーム

 今回は、シリアスゲームの代名詞とも言える『脳トレ』についての話です。
 先に結論を書いておくと、「【娯楽の核子】による〈ゲーム〉化プロセスの考え方に基けば、あれは立派に〈ゲーム〉と呼べるのだ」って話と、「でも個々人で意見が分かれる理由も分かるよ」って話になります。

『脳トレ』の中の〈ゲーム〉

 ではカテゴリの代名詞にもなった脳トレの先駆け、『東北大学未来科学技術共同研究センター川島隆太教授監修 脳を鍛える大人のDSトレーニング』(以降『脳トレ』)についてちょっと見てみましょう。

 『脳トレ』には、いくつかの簡単な問題が出題されます。
 詳しくは公式サイトにありますが、問題自体は時間をかければ誰でも解けるものがほとんどです。*1[時間をかければ誰でも解けるもの] = このゲームソフト内では脳年齢の最低限が20歳なので、ここではそれ以上の年齢層をターゲットユーザと考える。

【娯楽の核】は「問題を解くこと」

 ここでは『脳トレ』の【娯楽の核】を「問題を解くこと」を仮定しておきます。
 これを【娯楽の核子】に分解してみると、「操作 ⇒ 問題を解く」と「反応 ⇒ 解答の正否が出力される」というモデルになります。
 これだけでも既に、「反応」に答えの正否という“特別な価値”が与えられており、“正解”の反応を得るために「操作」をするという〈意思決定〉が揃っているので、【娯楽の核子】の理屈でいけば〈ゲーム〉を名乗ることも可能だと思います。
(同じ道理から学校の勉強は、問題と解答、その答え合わせのプロセスによって〈ゲーム〉になりそうな体裁を持っています)

 『脳トレ』の【娯楽の核】が「問題を解くこと」だと仮定して、『脳トレ』が【娯楽の核】に“特別な価値”と〈意志決定〉を組み合わせた〈ゲーム〉として成立しているんじゃないか? という点については、これだけなんですが。

「問題を解くこと」の二つの問題点

 そこで問題になるのは「問題を解くこと」を【娯楽の核】として「楽しめるか?」
 また、楽しめたとしても、それが「長続きするか?」という二点です。

「問題を解くこと」を楽しめるか?

 まあ最初の問題、つまり「楽しめるか?」という問題については、最終的に個人に帰結してしまうことですから、絶対ということは出来ません。【娯楽の核】とは「それに戯れるだけで快感が得られるもの」ですが、頭脳的な運動というのは後天的に身につけるモノなので、肉体的な運動に比べて分が悪い。主に幼児期から義務教育期間中の生育環境に左右されてしまうかと思います。
 これを楽しめる人は〈ゲーム〉としてプレイできますし、そうした人たちをターゲットに作られた〈ゲーム〉なのだ*2[そうした人たちをターゲットにしたゲーム] = このターゲットの範囲を広げるために、問題が「時間をかければ誰でも解ける」レベルに設定されているのだろう。 と考えられます。これが楽しめない人は、残念ながらターゲットから外れています。(まあ〈ゲーム〉として楽しくプレイできないもので遊ぼうとは思わないでしょうから、別にターゲットから外れていても問題ないかと思いますが(笑))

 『脳トレ』をゲームと判定するか否かについて、個々人の見解が分かれる理由はこの、「その人が【娯楽の核】を楽しめるか?」という点だろうと思います。それ以外の枠組みについては、その他のゲームと呼ばれるものと変わりません。(特にシューティングゲームの【娯楽の核】は、『脳トレ』のものとほとんど大差ないと考えていますが、それについてはまた後日)

「問題を解くこと」は長続きする?

 一方、後者の「長続きするか?」という疑問については、以下のように考えています。
 人間は単純な反復行動を続けることで、どんどん集中力が減少していく、という研究結果があります。集中、熱中というのは「楽しむ」ために重要な要素ですから、これが減少していくということは、それだけ「楽しい」と感じられなくなっていく……要は「飽きる」ということにつながると思います。

 それ以外にも、『脳トレ』で扱われている「問題」は、バリエーションはあっても限界があるので、繰り返し何度も遊んでいると、前に現れたものと同じ「問題」が出されることになります。同じ「問題」について同じ「操作」をすれば同じ「反応」が返って来ます。
 前に「コスティキャンの嘘」と少々エキセントリックな書き方をした「電灯のスイッチをON/OFFする」話と同じで、同じ結果しか返ってこないものは、最初は面白くても次第に飽きてしまうものです。
 ただし同じ「操作」に対して同じ「反応」を返すことは、反復による学習を旨とするシリアスゲームの性質上、欠くべからざる要素ですから、これを変えることは出来ません。そのためシリアスゲームは他のゲームに比べて飽きやすい、という弱味があります。

 その対策は、いくつかあります。

 対症療法的な(あるいは夜警的な)方法としては、たとえば「反復行動にならないようにする」とか、「インターバルを入れる」とか、「そもそも長くプレイさせない」なんてのが考えられます。
 これら 3つの方法については、『脳トレ』はすべて取り入れています。
 『脳トレ』が斬新さだけで終わらず、シリーズ化するほど長く親しまれてきた理由がここらにもあると思うんですが、今回の話からはちょっとズレるので今回はパス。(また別の機会なり要望なりがあったら書くかも)

 これらの方法に加えて、『脳トレ』には昔ながらの強固な構造が潜んでいます。
 ……が、それについては次のエントリで。

【更新履歴】
2009/01/09 : 注釈「時間をかければ誰でも解けるもの」を追加。

References

References
1 [時間をかければ誰でも解けるもの] = このゲームソフト内では脳年齢の最低限が20歳なので、ここではそれ以上の年齢層をターゲットユーザと考える。
2 [そうした人たちをターゲットにしたゲーム] = このターゲットの範囲を広げるために、問題が「時間をかければ誰でも解ける」レベルに設定されているのだろう。