[Essay] キャラクターの機能 ~ 認識編

 大陸棚のような話が続いてますが。
 TRPG の構造上、主に三つの機能のためにキャラクターが「ゲーム世界の住人である」ってことが大事。
 まあ、例によってまとまりきってない話なんですが。

  1. ゲーム世界を独立した別世界として扱う
  2. 参加者の間にある共通認識の確認と拡張
  3. ジレンマの発生源を増やす


 [1]と[2]は、ともに〈ゲームトークン〉としての必須機能です。
 かなり近似値にあるんですが、主観と客観という差があります。

ゲーム世界を独立した別世界として扱う

 [1]はプレイヤーが主観的に把握するフィクションの強化。
 これは主にパーソナルな面に機能します。プレイヤーはキャラクターの五感を通じてゲーム世界にリアリティを感じることができますが、プレイヤー自身がそれと感じているわけではありません。
 そよ風の吹く草原にキャラクターが立っているとき、ゲームマスターが「気持ちのいいそよ風が吹いている。草原はゆるやかに波打ち、それはまるで緑の海のようだった」と伝えたとします。プレイヤー自身はそよ風の吹く草原どころか屋内で、テーブルを囲んでゲームをやっているので「プレイヤーはそう感じた」と言われても受け入れることはできませんが、「キャラクターがそう感じた」と伝えられたなら、さほど抵抗なく受け入れることができます。

参加者の間にある共通認識の確認と拡張

 [2]はゲーム参加者が共有するフィクションの共通認識の強化。
 これはあまり意識的には把握されないことですが、たとえば「テーブルの上のパンを袋にしまう」という行動をとるとき、それがフィクションであるなら、テーブルの上のパンが何ものの手も借りずに袋の中に入るかもしれません。フィクションはフィクションである以上、現実の物理法則に従うとは限らないのです。
 しかしそこでフィクションの物理法則が現実世界と同じ、または近似値であるとするなら、テーブルの上のパンは何らかの外的要因がなければ袋の中に納まることはありえません。プレイヤーがゲーム世界に干渉しようとするとき、「その世界の物理法則は現実世界に類する」という不文律を守るためには、キャラクターがゲーム世界の住人としてその場に存在し、ゲーム世界に干渉できる肉体を持っていなければならないのです。

ジレンマの発生源を増やす

 [1]と[2]が必須機能なら、[3]は追加機能です。

 キャラクターがゲーム世界の住人であり、ゲーム世界で生活する人格であるとき、キャラクターには多くの属性が付随します。それは種族であったり性別であったり年齢であったり、はたまた外見や文化や職業など多くの立場や能力などが考えられます。
 それらはゲーム世界ごとに設定されており、ゲーム世界の住人であれば必ずそうした属性を有しています。
 そうした属性という形でゲーム世界に縛られたキャラクターは、ゲーム世界の属性に縛られないプレイヤーとは異なる存在です。そして TRPG のプレイヤーは、そうしてゲーム世界に制限されたキャラクターを通じて目的を達成しようとします。
 ところがキャラクターは属性に縛られているため、プレイヤーの意向をすんなり実行できるとは限りません。キャラクターにはキャラクターの都合があり、それはプレイヤーの「目的達成のための手段」に反発することが往々にしてあるのです。
 そこにジレンマが発生します。

 例示してみましょう。

  • 前提1:この世界の人間は【男性】と【女性】に区分されます。
  • 前提2:この世界の文化では、異性用のトイレに入ることはモラルに反し、場合によっては何らかの社会的制裁を受けることになります。

 上記のような設定のあるゲーム世界で、例えば【男性】キャラクターが、プレイヤーにとって大事な書類の入った鞄をひったくられたとします。ひったくりはまんまと【女性】用トイレへと逃げ込みました。
 さて、プレイヤーは鞄を取り返したければ一も二もなく【女性】用トイレに突撃すべきです。しかしプレイヤーはフィクション世界に直接干渉することは出来ません。常に自分の分身であるキャラクターに頼まなければならないのです。
 ところがキャラクターにとっては、その鞄の中の書類が、それほど重要であると考えていなかったとします。そのとき【男性】であるキャラクターは、【女性】用トイレに突入することを躊躇するでしょう。彼はその場で痴漢扱いされるかもしれませんし、運が悪ければ新聞に掲載され、職すら失ってしまうかもしれないのです。
 それでも書類を取り返したいと思えば、プレイヤーはキャラクターの納得する材料を提示して突入してもらうか、キャラクターの立場を考えて別の方策を提案しなければなりません。
 突入してもらった場合は、その後にキャラクターが受ける可能性のある社会的制裁に対する責任が生じます。プレイヤーはその責任を甘受するか、それとも責任回避のために別の手の込んだ確率の下がる方策を提案するか。ここにジレンマが生じます。

 ところが、キャラクターが属性を持たないある種の“透明人間”である場合、このジレンマは生じません。
 そもそも【男性】という属性を持たないのであれば、【女性】用トイレだろうと堂々と突撃して鞄を取り返せばいいことになります。キャラクターは他の属性によって制限されない限り、それを躊躇しないでしょう。

 ゲームの面白さは「ジレンマの中から何かを選び取る」というプロセスにありますから、キャラクターは“透明人間”であるより、れっきとした属性を持ったゲーム世界の住人である方が、よりゲームを面白くすることができるわけです。

独立人格としてのキャラクター

 さて、ここで前に書いた「独立人格としてのキャラクターは必要不可欠ではない」という話が出てきます。
 上記の[3]を鑑みれば、それが「必要不可欠ではない」というのはおかしいんじゃないかと考えるかもしれません。しかしそれは、キャラクターの属性によってしかジレンマが発生しないゲーム形態である場合に限られます。異なるジレンマの発生源があるのであれば、それでゲームは成立するのだから、無理に増やす必要もないのです。
 ジレンマの発生源は、増やした方が面白くなる可能性も増え、ゲームの幅も広がるのは確かです。が、敢えて「増やさない」という選択をしても、他の要素がジレンマを産みだしてくれる限りは構わないのです。*1*1[敢えて「増やさない」という選択をしても、他の要素がジレンマを産みだしてくれる限りは構わないのです。] = とか言って、自分で遊んでるゲームはこの属性を徹底的に拡張しまくって、そこからジレンマを発生させるスタイルが大好きなんですが(笑)

 それに、ジレンマはストレスの源でもあります。
 あまりジレンマを増やしすぎると、ストレスが蓄積して逆にゲームが面白くなくなってしまう危険性すらあります。
 ありきたりな言葉ですが、何事もバランスが重要ということです。

余談

 余談ですが。
 この手の話が実際になされているのか、いないのか。調べてないんで分からないんですが、自分で書きながら「これは出しにくいかな」とか思いました。特に TRPG ブロガーの多くが GM であることを考えると、この話題って避けたいところじゃないのかな、とか。
 正直、こうやってキャラクターだのシートだのを解体していると、「これでプレイヤーのモチベーションが低がったり、不文律破りが起きたらヤだな」なんてことを考えたりもして。
 内容の正否については横に置いて、そもそも「書く」こと自体が冒険だったなァ、と。

 くれぐれも断っておきますが、下の注釈にもあるとおり、僕はキャラクターの属性から生まれるジレンマが大好きだし、それはキャラクターたちがゲーム世界で生きていることを(それがフィクションであると自覚した上で)信じているからこそです。
 ゲーム世界の住人を、単なるコマと見なすプレーは好きではありません。これは純粋に「好み」として、僕のゲームスタイルの前提となっています。

References

References
1 [敢えて「増やさない」という選択をしても、他の要素がジレンマを産みだしてくれる限りは構わないのです。] = とか言って、自分で遊んでるゲームはこの属性を徹底的に拡張しまくって、そこからジレンマを発生させるスタイルが大好きなんですが(笑)