[いじめ] 加害者の悲鳴

[いじめ]加害者からの相談も急増

 この「いじめに参加しないといじめの対象になる」って構図には、必ず起点があるわけで。
 アレ思い出しました。『金八先生 5』。
 まともに見たのが 5 と 6 だけなもんで、その前のシリーズでの「いじめ」の扱いとか知らんのですが。
 たぶん今の構図ってのは、こういうモンなんだろうなと。

 まあ、子供がいるわけですよ、ウチにも。
 そうするとやっぱり心配になるじゃないですか、いじめ――暴力の渦中にいるのか。
 被害者であっても、加害者であっても。
 そうした渦中にいるくらいなら、孤立してる方がまだマシじゃないかとも思うんですが、それはそれで友達のいない学校生活ほどツマランものはなかろうし、そもそも孤立してるとターゲットロックされ易いという法則もあるわけで。
 どんなもんなんだろう、実際問題。
 自分なんか家庭人としてはダメな部類で、家庭内でもしょっちゅうダメな発言をしてはすぐに後悔して、夕食時に頭を下げてる学習能力の低い父親なんですが。
 それでもやっぱり気になるものです。

 よく「子供の喧嘩に親が出てくるな」とか言いますが、あれにも限度ってもんがあって。
 正々堂々の一騎打ちならともかく、恐喝や(集団)暴行というのはもはや“喧嘩”の粋を超えた“犯罪”なわけで、そりゃ親も介入するべきじゃないかと思うのですよ。保護責任者だし。
 そこで「子供の喧嘩に~」と言うのは加害者側の自己保身に過ぎんわけで、恥だろうがなんだろうが、なりふりかまわず守るのも親のひとつの在り様。とはいえ、やりすぎて過保護になると“末成り瓢箪”ができちまうこともあるわけですから、まあどこまで介入するかの匙加減も難しいんですけど。

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 以下、漠然と思ったこととして、メモ書き程度に。

「弱さを認許することと、弱さを口実にすることは別」
「下を見れば自由落下。上を見れば足元を掬われる」