[chat] 20100731#4

誘導因子と魔術の話
シノフサさん(仮)
「ところで聞きたいことがあるんだけど。ていうか出来たんだけど」
玄兎
「なに?」
シノフサさん(仮)
「昔さ、誘導因子って話してなかった? あの考えってまだ持ってる?」
玄兎
「持ってる。というか、進めてる。基本的には心理バイアスの話になるんだけど、それがどこに埋め込まれてるか、どうやって使えば目的の方向へ流れるか、てことね。今のナラティブロールの話に関係するんだけどさ」
シノフサさん(仮)
「あ、やっぱり」
玄兎
「うん。じゃあちょっとまき散らそう。人間が物語るに至るには、スイッチがある。物語を物語るに到るまでのプロセスについて考えてみると、それはある事柄に関する情報が一定量集まったときに発生する。情報を集めて乗せとく皿とか盆とかがある。あるいは天秤で、情報が一定量乗ることで天秤が下がってスイッチが入る。モードが切り替わる。ジグソーパズルでもいい。たぶん夢の構造とよく似ていて。たとえば随分と前に本を仕立てたあれ。物語、物語る、妖怪を形にする作業。形と真と理、それを表すことで生まれる。蓄積された情報を整形することで言葉が生まれる。言葉が連なることで物語が生まれる。ただし物語が生まれても、物語が存在しても、それを物語ることとはまた別。モデリングとアウトプットは別。人は物語が生まれたときに、それを物語ることが正しいかどうかの判別が出来ない。だから人の中には無数の物語が蓄積されたまま存在していて、その中からどれを出力すればいいのかスイッチが入るのを待ってる」
シノフサさん(仮)
「つまりそのスイッチが誘導因子なわけ?」
玄兎
「だからその、えー、概ねは。その手の指向性というか、場合によっては認知的不協和を起こさせてまで物語らせる、行動させるもの。小さな情報の因子を束ねて方向性を持たせる。コンテクスト。文脈。そういうものを発生させるものというか。物語は物語られることで死ぬ。死ぬものは物語られた物語にありえた別の姿の物語。可能性が死ぬ。未来を殺す。歌うように考えるなら、人は他の未来を殺してでも語るに価する物語だけを物語る。胡散臭いと思われそうだから普段敬遠してる話をしよう。僕がシノやドクと話が出来る理由」
シノフサさん(仮)
「何の話?」
玄兎
「魔術の話。心の海の物語。魔術では昔からサイン、シンボル、そういうものがある種の指向性を持っていて、複数のシンボルを組み合わせることで方向性を収束して一つの結果を出力する、て理論がある。儀式に使用される魔法陣はこれ。あるいはシンボルを利用して、異なる世界に精神を旅立たせる技術なんていうのもある。人間の精神は、魂は、現実世界に混在するシンボルに呪縛されていて、そこからひとつのシンボルに意識を収束することで、肉体の呪縛から精神を解き放って、より純粋な世界、異界に旅立つっていう。まあここまで行くと現実逃避の中二病って話になっちゃうんだけど、これを額面通りに受け取るんじゃなくて、この魔術式そのものがシンボリックな話だって考えると、また意味が違ってくる。つまり額面通りに異界とか、そういう世界が物理的に存在すると考えるんじゃなくて、たとえば多層化している社会構造の象徴だと考えればどうだろう? とか。視線って言うけどそれは何だって考えると、なんだろうねとか。目と目が見ている対象とを結んだ直線ってことになるわけだけど、視線の向きってものがある。方向性、指向性だね。たとえば道路に標識のように、横向きの鳩の絵が描いてある看板があったとき、人は何となくその鳩の視線の先を確認する。別にそっち見ろなんて書いてないのに見るわけ。それは何でかと言ったら、鳩の絵から視線っていう指向性のある情報を読み取って、それに反応しているからだと言われたら、どうだろう?」
シノフサさん(仮)
「そういうのが誘導因子ってこと?」
玄兎
「そんな感じ。魔術とか呪術とかに多く含まれてるダミースキルの構成要件の一つというか。だからアフォーダンスの話なんかとリンクしてるというか、あるいはそのままなのかな? この言葉自体は僕が勝手に作ったものだし、概念としてはバイアスだのなんだのって話で存在していて。ちょっと話を戻して、しかも脱線するんだけど、もうちょっと魔術の話を続けていい?」
シノフサさん(仮)
「ちゃんとつながるなら」
玄兎
「たぶんそれは大丈夫」
シノフサさん(仮)
「ならいいけど」
玄兎
「じゃあやろう。えー昔は、それこそ石器時代とかの話になるんだけど、四角とか三角とか、幾何学的な形ってイレギュラーなものだったわけで、それは価値がなければ存在しえない。後に建築をベースに生活の中でそうした整った幾何学図形が実用品になるんだけど、それまでは意味のないものだった。ところで意味のない者に意味を与える活動を人間は持っていて、それは大雑把に言語活動なんて言うわけだけど、意味のないものに意味を与えることの意味って何かと考えると、言語によって会話が行われるようになった先にある、心の動きに名を与えることだね。人間は心の共有を望んだ。『陰陽師』でものに名を与えることは最初の呪だ、なんて話があって、人は名によって対象を制御するとかね。この辺はシンボリック・アニマルなんて話があって、あれはたしかエルンスト・カッシーラーの話だと思ったけど。人間はシンボルで世界を操作する、だったか。まあそれは置いといて」
シノフサさん(仮)
「置いとくんだ」
玄兎
「うん、置いとく。門外漢だし、カッシーラーと魔術をつなごうとするとスウェーデンボリまで遡ったりする人いるし。バルザックとかセラフィータカルトとか、そうすると真言立川流がどーのとかに展開させちゃったり。でもそこまで遡るなら間にいるカントの存在どうすんだーとか、でもカントも批判したり批判の無効を宣言したり、感性と英知を分離する思想だとしてみたり、結局なんのまとまりもない話に終わっちゃうし。だからそれは日本海溝にでも沈めておく」
シノフサさん(仮)
「旦那、なんか本気で嫌ってない?」
玄兎
「現実逃避としての魔術とか霊界とかを語るのは好きじゃないんだ。早い魔術も。確かに現代はデカダンスな匂いがプンプンするし、ミレニアムも宝瓶宮に入ったらしいけど」
シノフサさん(仮)
「宝瓶宮って?」
玄兎
「占星術の世界では、二千年ごとに黄道十二宮が進むって話があって、一世紀から二十世紀までは双魚宮、物質と精神が両立した世界。で、それが宝瓶宮、精神の世界へ進んだって言うわけ。双魚宮から宝瓶宮に移行したってのは春分点にどの星座が上がるのかって話で、天文学の歳差運動やらに関わってくるんだけど、とにかくそういう変化があった。ただ双魚宮が物質と精神の世界だとか、宝瓶宮が精神の世界だとかってのは誰が決めたんだって話で、これってまあ占星術師が自分たちが先進的だって言うための方便じゃねーのって話もあってね。もっと未来、何百年も後には精神の、魔術全盛の時代が来るよっていう。それだけ先の、未来の技術を自分たちは使ってるんだって売り込みだろって。まあ精神を情報、つまり実存のない、いや、あってもなくてもいいんだっけ。実在論と唯名論とかあったし。それはどっちでもいいんだけど、とにかく精神を情報とか概念なんかに置き換えて考えると、何となく納得出来るところもあったりなかったり。この辺は確かにカントがスウェーデンボリを肯定した言葉、感性界と英知界ってやつだね。現実世界が感性界としたとき、切り離された英知界が霊界ってことになるんだと思うんだけど。たしか可感界と可想界とかいう言葉もあったし。いや無学者の門外漢が分からんものを論じるのは誤謬を招くだけだろうから、哲学者の夢はこれくらいでやめとこう」
シノフサさん(仮)
「やめとこうって、いまさら(笑)。全部しゃべったんじゃない?」
玄兎
「(笑)いや、まだ喋りきってはいないんだけど、たぶん後で本質に触れるからそれはいいんだ。で、話を戻して。どこまで。えーと、シンボリック・アニマルか。そのカッシーラーの説をとるとして、人間がシンボルの操作を必要とした、比較的早い段階っていつごろだろう? とか考えるわけ。『陰陽師』に則るなら言葉を、呪を操るのは魔術師の技。なら魔術師はどんな姿をしていたのか。最初の魔術師は、宗教家と同じ立場にいたなんて話がある。人間社会が成立して間もない頃、この場合の社会は種の保存にまつわる生活環境を維持して、火と石器を使いこなし、暴力を用いない言語によるコミュニケーションが成立する環境とか、そんな感じ。で、そのとき魔術師の役割がなんだったかって言うと、人知の及ばない対象に名前を与えて、呪にかけて制御する責任者っていうのが一つ。京極堂が予言する神官の役割として、予言を外したら死ななきゃならないなんてのがあったけど、あれの原初形態。予言っていうけどまあ、要するに願望だよね。日照り続きなら雨が降る予言をする。狩りの獲物が少なければたくさん狩れる場所や時期を予言する。賭け事だったのかもしれない。殺されたかどうかは知らんけど、食料を分けてもらえないとかはあったかも知れない。医術が呪術だったっていうのも、単に技術的なものだけじゃなくて、そういう役割を請け負ってきた存在が魔術師だったっていう話というか」
シノフサさん(仮)
「質問。何で魔術師はそんな役割を負ってきたの?」
玄兎
「そりゃ簡単だ。生産性がないから」
シノフサさん(仮)
「え? じゃあ社会の役に立たないから、八つ当たりの道具になってきたってこと?」
玄兎
「八つ当たりってより責任転嫁の方が近い。まあでも結果は似たようなもんか(笑)。実態は分からないけど、そういう理解の仕方をすれば、わりとあっさり受け入れられるかなーとか思ったりするわけ。生産性のない人間、ニートだよね。現代よりも社会の余剰生産力が低かった時代、ニートの扱いなんてそんなもんでしょ。下働き。下働きは舌、ベロの舌働きに通じる。殺されないだけましと思え。日本にだって姥捨て山なんて昔話があるね。魔術師、ウィザードの語源がワイズマンだって説をどう説明付けるか。単に知識に優れたものであるから。それだけなのか。知識を蓄えた老人は、老いによって身体能力を失っていくけど、それはまあ、生産性の低下ってことで、魔術師の条件に近付いていくことでもある。だからさ、若いうちから魔術師である、ニートである存在っていうのは余剰生産力の低い社会では受け入れがたいんだけど、年老いた賢人が魔術師として扱われることにはある程度の合理性が認められるというか、まだ納得出来る部分があるんじゃないかって。そんな中で、魔術師も腕を磨く。生き残る方策を考える。そして魔術師は予言することを辞める。もっと確実な技術を身につける。『魍魎の匣』で京極堂がやったやつで考えれば、霊能者だね。霊障を、不幸を、不安を取り除きましょう、となる」
シノフサさん(仮)
「カウンセラーになるわけだ」
玄兎
「そういうこと。人間社会を円滑に機能させるために機能する。医術みたいに実際に技術を得ることで、より分かりやすい存在理由を手に入れることもある。そして魔術師は人望を得て、より近代的な宗教家にクラスアップする。人望を権力に変えて。政治技術を身につけた宗教家、あるいは純粋な政治家へと変化する。宗教家が集まると政治闘争やらかすのも、まあ当然っちゃ当然というか。それは置いといて、政治技術を持ってそれを行使する。まつりごとだね。ただし実態を伴わない権力ってのは、常に純粋な暴力に負ける。だから暴力と仲良くするための技術なんかが磨かれたりもする。ファミリーを特別な意味に変えた政略結婚とかね。概念を構築して操作することで社会に影響を及ぼす職能。源流まで遡ったら魔術師なんてのはそういう存在だ。そりゃ神も悪魔も使役できるよ。もたらされる幸運の価値を高めるために神を崇める。不幸を取り除く魔術を使うために悪魔を使役する。人々の尊敬を集めて指導する立場にもなれば、生活の愚痴を捨てるための町外れの井戸にもなる」
シノフサさん(仮)
「じゃあ神とか悪魔とかって嘘なわけ?」
玄兎
「だから信じるものは救われる、なんだって。虚実なんか知らないよ。見てきたわけじゃないし。ただ信じるかどうかってだけの話。守護天使みたいな、外部にウォッチャーを置くことで人生の規範とするのは、社会活動を円滑に行うための技術であって、それによる恩恵に神の名を与えるかどうかは自由でしょ。たとえば三回くしゃみをした人には、すぐにお大事にと声をかけなさい、なんてのがある。道徳というか習俗というか、そうしなければ相手は妖精になってしまう、なんてのがあってさ」
シノフサさん(仮)
「ビバップだっけ?」
玄兎
「ああ、まああれは。いや、いいか。とにかくそういう習俗があったとして、それを分解すると、くしゃみをした人にお大事にと声を掛けることと、そうしなければ妖精になることは分けられる。前者をされることで、人は何となく気分が良くなる。後者はそうすべきだと人に教えるための方便だね。そういう切り分けをしないで、そのまま妖精って言葉だけに気を取られると、ただのおまじないとか、迷信でしょ、なんて反応になる。日本で言うなら、いたいのいたいのとんでけー、だね。機能と信仰は別だよ。人格と言説が別なように」
シノフサさん(仮)
「哲学?」
玄兎
「いや哲学ってどういうものか分かんないから。まあその、魔術師は常にニュートラルであれ、てのはそういう意味だよ」
シノフサさん(仮)
「そういう言葉を作ったのも魔術師だって話?」
玄兎
「そういう言葉を作った人を魔術師と呼ぶって話。職業としての魔術師ってのと、技能としての魔術師は別だよ。過ぎたる科学は魔術に等しい、とか。で、まあ言葉を作るのも魔術師なら、暦法を作るのも魔術師の技能。約72年ごとに進行する歳差運動は、72という数量と年という時間の概念、春分点の概念、無数の星々に名を与えて個体識別したり、複数の星をまとめて星座とみなす概念、それからそれらを観測、規定、計算する技術があって初めて定義できる。この辺の道理は分かるよね」
シノフサさん(仮)
「社会系の職業は、魔術師の技能の細分化って理解でいい?」
玄兎
「そんなとこ」
シノフサさん(仮)
「でもそれって単に、魔術は碩学だって話じゃないの?」
玄兎
「そうそう。そんだけだよ。だいたいカッシーラーのシンボリック・アニマルの話を出発点にしたけど、それって人間みんながそうだって話で、魔術師だけがそうだって話じゃない。シンボルを操作する技術を魔術としたとき、単にその特性に特化した人間が、その技能を使って何をやってたかって話なだけ」
シノフサさん(仮)
「もしかして誘導因子を使うのが魔術師の技能って話?」
玄兎
「うん。まあそうなんだけど、誘導因子はもうちょっと小さい。たとえば物を投げる動作はこう、ポイっと手を振りながら投げるものから手を離すわけだけど、目的の地点にちゃんと投げる方法って、どうするか知ってる? ゴミ箱に紙くずを正確に投げ入れるには? みたいな話」
シノフサさん(仮)
「前に言ってたじゃん。ゴミ箱を投げる瞬間まで見てるってやつでしょ?」
玄兎
「そう。理由はいくつもあるんだけど、視覚情報と触覚情報その他、五感による微細な情報を経験で制御して、精度を上げるっていうのがひとつ。それから体のゆらぎを視覚情報で制御することで、ブレを抑止するっていうのがひとつ」
シノフサさん(仮)
「体のゆらぎ?」
玄兎
「ああ、体って自然と揺れてるんだよ。全くの静止はしてない。血流とか呼吸とか、動いてるからね。で、その揺らぎってのは視覚情報で補正されてるんだ。可能な範囲内で抑止されてる。ちょっと立ち上がって、目を瞑ってみ」
シノフサさん(仮)
「肉とか書かないでよ(笑)」
玄兎
「書かねえよ(笑)。うん。で、深呼吸する。姿勢をよくして、しばらく目を瞑ったままにしてると、体の重心のズレを感じる。前倒しになる感覚、後ろに引っ張られる感覚、意識すると自動的に改善しようとするから、反対方向に運動する。でもどこまで戻して静止すればいいか分からない。だからちょっと行き過ぎる」
シノフサさん(仮)
「いつまでこうしてればいいの」
玄兎
「フルの実験では5分くらいかかるんだけど、揺れを感じられたらもういいよ」
シノフサさん(仮)
「ふう。なんかまだ揺れてる感覚が(笑)」
玄兎
「はい、もういいよ。目を開ければすぐに回復するから。座って。ごくろうさまでした。で、えーと。ちなみにその揺れ、頭頂部にセンサー付けて上から撮影する実験やってみたこと有るんだけど、目を開けてれば1センチくらいの範囲で済むのが、目を閉じてると5センチ近い範囲になっちゃってね。平均台をすり足で歩くにしても、目を瞑ってると難しいのは、足裏の感覚での情報補正に慣れてないのと、その揺らぎが大きい、らしい。で、これは内的な肉体制御の技術だけど、これを外的に精度を上げる方法っていうのも、ある」
シノフサさん(仮)
「肉体じゃなくてって話? しるしをつけるとか?」
玄兎
「ザッツライト。それだ」
シノフサさん(仮)
「あ、あたり。え、そんなこと?」
玄兎
「そんなことだよ。的から目を離さずに投げる。じゃあその的ってなあに? 円の中に投げる、でも点に当てるように投げる、にしたってさ、円だろうが点だろうが、それは別に的なんて属性はないんだよ。それに的の属性を与えることで、行動の精度をより高く上げる。このとき的がより識別しやすいように、周囲の色とは違う色、はっきりそれと分かる色の方が、より効果がある。これは目標を示す方法なんだけど、また別に目的を示す方法もある。はい、これ持って」
シノフサさん(仮)
「はい」
玄兎
「じゃあ、あそこね」
シノフサさん(仮)
「え、あ、はい。じゃあ」
玄兎
「はい」
シノフサさん(仮)
「あの、それじゃ立てないんですけど?」
シノフサさん(仮)
「うん」
玄兎
「ここからじゃ投げたって入らないでしょ」
玄兎
「はい、ここまで。ごくろうさまでした。ごめんね」
シノフサさん(仮)
「どういうこと?」
玄兎
「今、投げるって手段と入れるって目的を判別したでしょ。でも、僕は何も言ってない。どうやって目的と手段を決めたか、教えてください」
シノフサさん(仮)
「だってゴミ渡されたし、ゴミ箱指差したし。肩おさえられたら立てないし。投げなきゃ入らないでしょ」
玄兎
「うん、綺麗な領解。ゴミとゴミ箱からゴミを捨てる。席を立たずに遠いゴミ箱でゴミを投げる。言葉にはしてないけど、意図は伝わる。文脈、コンテクストによる理解」
シノフサさん(仮)
「それはわかったけど」
玄兎
「別の読み方もあって。肩をおさえられることから立つな、の言葉を読むのはいいとして、君は先に与えられたゴミを捨てる、の目的。それに立つな、の制限。そこから投げる、の手段を抽出したわけだけど。これを僕のスタンスから語ると、目的を与えた段階から、さらに制限を加えることで、手段、つまり行動だね、これを抽出させた、誘導した、とも言えるわけ」
シノフサさん(仮)
「肩痛いんですけどー」
玄兎
「ごめんって」
シノフサさん(仮)
「まあ、いいけど」
玄兎
「もひとつごめんってことで」
シノフサさん(仮)
「いいから。続けて?」
玄兎
「ありがとう。で、じゃあ続けるけど、こういう誘導の技術、相手を誘導するとき、その文脈を構築するための手順の中にある、明言されない言葉。そういうのが誘導因子。ちょっと親切な自販機には、コインを投入する投入口の近くに1、商品ボタンの周りに2、取り出し口に3、なんてシールを貼ってたりする。何も書いてなくても、それが手順だってことが分かるし、1を見たら次に自然と2を探す、1、2があったら次はより確信的に3を探す。ただの数字のシールなのにさ」
シノフサさん(仮)
「でもそれって当たり前じゃ。て、そうじゃないんだ。当たり前のことを利用してるんだ」
玄兎
「そういうこと。今はユニバーサルデザインだっけ、なんかそんな言い方もするみたいだけど、その当たり前の法則を見つけることと、当たり前の法則を利用すること。今あるものに応用してもいいし、全く新しいものを作ってもいいし。でも、新しいものを作るより、とりあえず今あるものの機能を向上させることの方が、日本人的にはやりやすい。目的を与える。目標を与える。手段を与える。デザインした通りにゲームをデザインさせる。してもらう。そういう技術は必ずあると思うし、もっとハードルを下げることもできると思うわけ」
シノフサさん(仮)
「ダイアログ・イン・ザ・ダークとかの話をしてたのも、そういう流れ?」
玄兎
「ああ、あれは単純に面白くて好きっていうのもあるんだけどね。あの中にヒントは山のようにあるんだよ。ある行動について、既に常態化しちゃった人には、それを当たり前の日常にしちゃった人には気付かない、気付けないことってあるわけ。負うた子に教えられ、なんて言うけどさ、常識に縛られない人、違う常識を持った人の視点っていうのは大事なの」
シノフサさん(仮)
「さっきのあれみたいなのでしょ?」
玄兎
「なに?」
シノフサさん(仮)
「ビバップの。妖精になっちゃう、て」
玄兎
「そうそう。あれなんかも、当たり前にやってる人には、それが何でそうしなければならないのか、なんてことは分からないんだよね。理由を説明する前に、そういうものなんだっていう常識として習慣付けられちゃってるから、外に出てみないと疑問に思わない。TRPGの話にするなら、抽象化と具象化の往来に関する話やなんかに使うんだけど、今はTRPGを文化、カルチャーとして独自の言語体系を語るときに使えないかとか考えてみたり。ちょっと魔術の話に戻るとさ、陽宅風水の、鏡なんてあるでしょう。水盆の代わりの、あれもさ」

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