むかしむかしのこと。
海沿いの小さな村に暮らす、一組の夫婦者が居た。
夫は漁師、妻は海女。
まったく夫婦者は、慎ましやかに、けれど幸せに海に生きていた。
ある日、漁に出た一人がそのまま帰って来なかった。
夫だったとも、妻だったとも、どちらのことかは知れない。
ただ、一人がいなくなった。
村人は最初、海神様に連れて行かれたのだと噂した。
残された片割れも、哀しみに暮れながらも、それと信じて諦めようとした。
それから数年が経った後のこと。
山二つ越えた村から戻ったワタリのお婆が、いなくなったはずの片割れを見たと言った。
「ちょっくらふっくらしとったが、ちげえねぇ」と、お婆は断言する。
「夫婦もンになって、子供も居った」と。
片割れは、血相変えて村を飛び出した。
遠くの村でのことだった。誰もその真相を知らない。
だが、殺したところで想いは残ると昔語りは結んでいる。
殺してしまえば転生輪廻、永劫に互いを殺し続ける殺生道へ堕ちるのだと。
「本当のことは、誰も知らない」
深い深い夜のどこかに、横たわる誰かが呟いた。
季節はずれの一羽の蝶が、闇の中から、
ひらり。
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