[Column] 「わかる本」から「リプレイ本」へ

 今回は「なぜ表現方法を変えたのか」について、現状との比較から、ざらっと書いてみたいと思います。
 Wikipedia の リプレイ(TRPG) に書かれていることで十分のような気もするんで、敢えて書く必要があるのかは怪しいモンですが(苦笑)

包括から分割へ

 「わかる本」から「リプレイ本+サプリメント」へのシフトは、前エントリで書いた六大要素から考えると、「要素を分割することで、個々の要素解説を深めた」ってことなんだろうなと。
 何故それが可能になったのかってことも、現状へのシフトに大きく関係することなんですが、とりあえず「どのように分割されたのか」について考えると、まあ大枠で以下のようになるかと考えられます。

リプレイ本+サプリメントへの六大要素の配分

 リプレイ本とサプリメントに、六大要素がどんな具合に配分されているかを調べてみると、おおまかに以下のような構成になっているようでした。

  • リプレイ本
    = 作品紹介、システム、プレイング、マスタリング
  • サプリメント
    = 作品紹介、システム、キャラクター、シナリオデザイン

 サプリメントに関しては、その目的に合わせて要素はバラバラなので、どのサプリメントにも四要素が含まれているわけではありません。
 また、リプレイ本にしてもシリーズ展開によってマチマチなんですが、プレイングガイドとしての機能を搭載しているリプレイ本については、これらの要素を踏まえる傾向があるようです。*1[プレイングガイドとしてのリプレイ本] = これはゲームタイトルの発売日に近いほど、その傾向が強くなる。この傾向は〈典型的な運用〉に関するものであり、それは時間経過と共に薄れていく。ただし発売してから長期間が経過した後のリプレイには、新たに〈アクロバティックな運用〉が姿を現すため、プレイングガイドの要素がまったく無くなるわけではない。ただし、後者については読者が自力で読み解かなければならないケースが少なからずあるので、厳密な意味でプレイングガイドとは言えないかもしれない。

 こうして見ると、当然のことながらリプレイ本は主に「プレイ」についてを扱い、サプリメントは「準備」についてを扱っています。

リプレイの利点

 リプレイをプレイングガイドに使うとき、いくつかの利点が考えられます。

  1. 理論ではなく実践が見せられる
  2. 個別の状況判断について解説しやすい
  3. 読者のスキルに合わせて情報量を制御できる

 実際は、これに加えて商業的な要素もあるんですが、そっちは後回しで。

理論ではなく実践が見せられる

 TRPG は「百聞は一見に如かず」といった傾向の強いゲームです。
 一番いいのは実際にプレイに参加してみることですが、その前段階として、まず「お手本を見せる」という方法は、多くのゲーム、スポーツ、あるいは学校の勉強などの現場でも見られる教育方法です。

 一般判定の方法ひとつとっても、たとえばゲームマスターなら「どんな状況で/どの判定値を使って/どんな修正を付けて/どういう基準で判定しているのか?」とか、またプレイヤーにしても「どんな手順で判定すればいいのか?」いうことは、実際にやっている場面を見てしまった方が覚えるのは早いわけで。

 これは「典型的な遊び方」に関するガイダンスになります。

個別の状況判断について解説しやすい

 実際にセッションをしてみると、プレイヤーにせよゲームマスターにせよ、必ずしもルールブックで処理方法について書かれていない、自主的に判断しなければならない状況に置かれることがあります。
 で、そうした状況になったとき、「他の人がどのように判断しているのか」を知っておくことは、とても有益です。

 これも「典型的な遊び方」に関するガイダンスになります。

読者のスキルに合わせて情報量を制御できる

 ここだけ他の二つとは違った視点からなんですが。

 リプレイ形式のプレイングガイドでは、基本的に「リプレイの内容に対して解説を加える」という方法をとっています。
 TRPG について、あるいは該当ゲームに対して経験の乏しい人は、とりあえずリプレイと解説を追ってその理解につとめればいいわけです。

 が、実際に遊んで経験を積んでいくことで、ユーザは「解説されていない部分のプレイングから情報を読み取る」という芸当が可能になります。
 よくスポーツで「自分が必死になって練習したからこそ、プロの凄さが理解できるようになる」ということがあります。それとまったく同じことで、自分が経験を積むことで、リプレイの中では特に解説されていないプレイング/マスタリングの凄さが理解できるようになる、ということが実際にあるわけです。

 そんな具合で、リプレイ中で使われている高度な技術について「敢えて解説しない」ことによって、読者のレベルに合わせて読み取れる情報量をコントロールすることができます。

 ちなみに、これと同じことを「わかる本」の辞書的な書式――テクスト形式――でやるのは、非常に難しい。
 「わかる本」では性質上、なるべく網羅的に開示しなければなりません。「読者自身に隠された情報を読み取らせる」ということは、「わかる本」の目的や性質を考えると、あまり薦められるものではないわけです。

その他の利点について

 上記の三項目以外にも、リプレイ形式には利点があります。
 ただまあ以下の利点については商業的な色味が強いので、ざっと箇条書きにまとめるに留めておきます。

  1. 新たに「物語性」という価値を与えやすい*2[物語性を追加できる] = リプレイが誌上に「連載」できた要因その一
  2. ネタが小出しに出来るので長く続けられる*3[ネタを小出しにできる] = リプレイが誌上に「連載」できた要因その二
  3. 小説特有の技法を習得していなくても書ける*4[小説特有の技法が不要] = 代わりにリプレイ特有の技法は必要。だが「行間で読ませる」などのテクニックが不要になるのは、やはりアドバンテージだろうと思う。

リプレイの欠点

 さて、こうした利点を持ったリプレイ形式ですが、もちろん欠点もあります。

  1. 検索機能が低下する
  2. 一人で行う作業が書けない
  3. 読物としてのリプレイと実際のプレイの乖離

 なんかもう説明不要っぽいですが、一応、個別に説明していきます。

検索機能が低下する

 会話の流れに従って進行するリプレイ形式は、調べたいことがどこに書かれているのかを検索する機能は、テクスト形式に比べてどうしても劣ってしまいます。
 流れをしっかり覚えていれば、大体どのあたりに書かれているかということは分かりますが、そうした索引を自分で作らなければならない分、テクスト形式と比べたとき欠点となりえます。
 もっとも、これについてはテクスト形式でも、ちゃんと分類整理できていないと同じ結果になるんですが、テクスト形式の場合は「話の流れ」を意識しなくてもいい分だけ、分類整理がしやすいという利点があります。

一人で行う作業が書けない

 ある意味で当然のことですが、一人で行う作業、たとえば「シナリオの準備」などについては、リプレイ形式で書く意味がほとんどありません。ベテランのシナリオデザイナーと新米デザイナーの質疑応答って形にするくらいでしょうが、そりゃ単なる Q&A ですから、わざわざリプレイ形式にして検索能力を低下させる必要もないわけで。
 それに一人で疑問と解説について自問自答するだけなら、テクストの方がスマートにまとめることができます。
 そもそもゲームの準備段階では、ジョークを飛ばしたり物語性を持たせたりしても、それは単に現実的ではなくなってしまうだけで。ガイダンスとしての機能はむしろ低下してしまいます。そう考えると準備を「読物」にするのは難しい、という事情もあります。

「読物」としてのリプレイと実際のプレイとの乖離

 「読物」として書かれたリプレイには、ときおり「実際のプレイとは乖離したプレイング」が混じることがあります。あるいは全編通して編集されて、発言のディティールが実際のセッションとは異なるケースも、たぶんあるでしょう。(例えば女性キャラクターを扱う“プレイヤー自身の発言”まで女性的に編集されている、など)
 これを経験の浅いユーザが真に受けてしまうと、プレイングガイドとしては甚だ困ったことになってしまうわけで。

欠点の解消 ~ 構成の見直し

 ところで上記のような欠点、まったく解消できないのかといえば、ある程度まで吸収できることだったりします。
 [3 : 「読物」としてのリプレイと実際のプレイとの乖離] については現在でも問題視されることがありますが、[1 : 検索能力が低下する] については早い段階から対策が講じられ、また [2 : 一人で行う作業が書けない] については、そうした作業の解説を、リプレイ本とは別の場面で行うことで解決しています。特に [2] については、それが六大要素を「リプレイ本」と「サプリメント」に分割した一つの要因であり、また分割の基準になっているとも考えられます。
 では、実際に講じられた対策について、二つばかり挙げてみます。

二つの方式を織り交ぜる

 解決法のひとつとして、「リプレイ形式とテクスト形式の二つを織り交ぜる」という方法があります。
 全体を解説内容に合わせてしっかり構成し、学習課程についてはリプレイ形式で流れを作り、個々の要点は短いテクスト形式にまとめる、といった方法です。
 これを忠実に実践したのが『シャドウランがよくわかる本』で、これによって [1 : 検索機能が低下する] については解決されたと思われます。

タイトル全体を見直す

 より根本的な解消方法として、ゲームタイトルそのものの構成を見直す、という方法が考えられます。
 「わかる本」が生まれた原因を考えてみると、単純に「それ(わかる本)が必要だった」ということです。

 宣材としての機能だけでよいのなら、極論、作品紹介の要素だけでも十分のはずが、それ以外に五つもの要素が、しかも作品紹介よりも多くのページを割いて書かれていることを考えると、「わかる本」は「ルールブックの不備を穴埋めする」という目的があったと推察できます。
 『シャドウランがよくわかる本』の冒頭でも、「ルールブックを読む前に、この本(よくわかる本)を読んで欲しい」と書かれているくらいですから、ルールブックに対する問題意識は少なからずあったんでしょう。

 で、そうであるなら、「ルールブック+わかる本」という構成それ自体を見直して、ルールブック単体で可能な限りフォローする。そしてそれが不可能な要素、たとえば具体例が多数必要となるプレイングやマスタリング、シナリオデザインなどについては、また別のアプローチによってガイダンスを作る。という方法が考えられます。
 そこで選ばれたのが「ルールブック+リプレイ本+サプリメント」という構成だったんだろうと。

まとめに代えて

 この件については、以前のエントリで既にコメントを頂いてます。
 要点を抜き出すと……

 「よくわかる本」がなくても、わかりやすい、初心者にやさしいルールを作るほうが大事だと、考えているのかも。

和製のタイトルは、マスター、プレイヤーが「すること/できること」は、ルールブックで網羅する努力をしているように思われます。これは、日本の TRPGユーザーに特化した「遊びやすさ」であり、和製タイトルで生き残っている作品は、これがうまく行ったルールと、日本人にマッチした世界設定によると考えられます。

(中略)

そこには、かつての「良くわかる本」を作るほどに存在した、「ルールブックを読んだだけでは不明なノウハウ」そのものが、曖昧さ、わかりずらさ、伝えにくい経験則、として排除されている、と私には見えます。
当てはまらない翻訳タイトル(D&D3系、SR4)や、あえて’90年代と同じ造りの作品(「ナイトメア・ハンター ディープ」、「深淵2」など)は、わかる本もあっても良い気がしなくも無い。

 ……というわけで、「わかる本」が消えていったのは、まず「ルールブックの見直し」が行われたために「わかる本」の必要性が薄れ、またルールブックに書ききれない個々の具体例については「リプレイ本」と「サプリメント」に分割することで吸収されたため、なんだろうなと。

けっきょく分かる本の内容は今ではルルブとリプレイとシナリオに書かれているってことでしょうか。

 まーこんな具合で、かなり早い段階で皆さんが言ってたコトなんで、わざわざエントリにするほどのことでもなかったような気もするんですが(苦笑)。ただ、主に同人ゲームを作る課程で、どこに気をつけて、何をどう配分するのか、を考えるキッカケにでもなればイイなということで。
 六大要素について、もっと掘り進めてテンプレを作ってみたい気もしますが、それはまた一休みしてからということで。

 「わかる本」が出ていたルールについて思い返してみると、『シャドウラン』を除いてみんなボックスタイプのゲームなんですよね。
 で、ボックスタイプのゲームって、ルールブックが薄っぺらなものがほとんどで、しかも大体2~3冊に分かれてました。現在のルールブックの厚さと比べてみれば一目瞭然で、そりゃあ「わかる本」でもなけりゃ同じ情報量は伝えられないよなァ、という(笑)
【更新履歴】

  • 2008/10/29 : 参照コメントに、はてブの accelerator 氏のコメントを追加。

References   [ + ]

1. [プレイングガイドとしてのリプレイ本] = これはゲームタイトルの発売日に近いほど、その傾向が強くなる。この傾向は〈典型的な運用〉に関するものであり、それは時間経過と共に薄れていく。ただし発売してから長期間が経過した後のリプレイには、新たに〈アクロバティックな運用〉が姿を現すため、プレイングガイドの要素がまったく無くなるわけではない。ただし、後者については読者が自力で読み解かなければならないケースが少なからずあるので、厳密な意味でプレイングガイドとは言えないかもしれない。
2. [物語性を追加できる] = リプレイが誌上に「連載」できた要因その一
3. [ネタを小出しにできる] = リプレイが誌上に「連載」できた要因その二
4. [小説特有の技法が不要] = 代わりにリプレイ特有の技法は必要。だが「行間で読ませる」などのテクニックが不要になるのは、やはりアドバンテージだろうと思う。