[column] †ダイス運と技巧、体調管理

読本3巻のコラムとして書いていたネタですが。

†ダイス運と技巧、体調管理

ゲーマーがよく口にする言葉に「ダイス運」というものがある。要は個々人のランダマイザの結果の偏りに関する評価なのだが、実際にサンプルをとってみると、この偏りがデータに表れることはほとんど無い。だが「自分のダイス運が悪い」と考えているプレイヤーは少なからず存在する。その理由として考えられることは、ひとつには、失敗した際のイメージを強く引きずってしまっていること。もうひとつには、失敗に対する予防線が無いことである。

ところで一つ興味深い話がある。練達のプレイヤーの多くは、どうやら自分のダイス運が悪いとは考えていないらしいのだ――それを持ちネタとしている一部を除いて。もちろん経験的に納得しているということもあるだろうが、これらを合わせて一つの仮説を立ててみたい。

テーブルトークRPGにおいて、乱数にまつわる失敗はほとんどの場合、その後の立ちまわりでケアできる。ケアできない失敗は、死亡判定などPCの退場に関する判定くらいのものだろう。そして上手いプレイヤーは、PCの退場判定を振らなければならないような状況にはめったに陥らない。ひとつには、そもそもそうした状況にならないよう立ちまわること。もうひとつには、もしも退場判定をせざるをえない状況であるなら、理解した上でそうするからだ。これはその後の負けロールの上手さに関連する。

そしてもうひとつ。それ以外のケアできる失敗について、ケアできるタイミングとその方法について見過ごさないこと。これがもっとも重要だ。そのために必要な要素が二つある。ひとつは、当然ながらケーススタディだ。悪い状況をどのように改善するのか、そのための知識があるに越したことはない。そしてもうひとつが集中力である。ゲームの状況を正しく把握し、状況改善のための対策を考えるだけの集中力が損なわれたとき、失敗は失敗のまま見過ごされてしまう。そして諦めと共に「ダイス運がなかったのだ」と不運を呪うのではないか。

そう考えると、体調管理というのはゲームの技巧に深く、そして確実に関係しているように思える。これはゲームマスターにとっても同じことだ。むしろゲームマスターこそがもっとも体調管理を厳しく行わなければならない。なぜならひとつのセッションにゲームマスターは原則一人しかいないからだ。失敗に対するケアにゲームマスターの権限が必要なとき、それに気付いて実行できるのはゲームマスターだけなのだから。

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